中島河太郎・紀田順一郎編『現代怪談集成 下巻』立風書房 1982年

 17編を収録したアンソロジィ。

三橋一夫「ネコヤナギの下で」
 “わたし”が,かくも鶏を嫌い,恐れる理由は…
 主人公と妻が,その鶏を,死んだ妻の恋人の生まれ変わりと「確信」してしまったとき,彼らはすでに「異界」への第1歩を踏み出してしまったのでしょう。それゆえに,幻想的な破局の訪れにあらがう術をも失ったのかもしれません。
香山滋「キキモラ」
 山奥,狂った夫ともに住む女の元に現れた奇妙な小間使いは…
 薄氷の上に成り立った「幸せ」の崩壊を,キキモラというスーパーナチュラルな存在を介在させることで,ひねりを加えて描き出しています。主人公の「心変わり」が,少々,舞台劇みたいな大仰さがあるのは,なんですが(笑)
角田喜久雄「沼垂の女」
 アンソロジィ『乱歩の幻影』所収。感想文はそちらに。
城昌幸「波の音」
 はじめて訪れる鄙びた旅館の仏壇には,妻の写真が…
 伏線をきっちり踏まえた「理的な結末」,しかしそれだけでは掬いえない,指と指の間から砂のように流れ落ちる「理外」。両者の絶妙なバランスの上に成り立つ幻想性が楽しめます。『城昌幸集 みすてりい』(ちくま文庫)にも収録されています。
江戸川乱歩「防空壕」
 空襲の最中,“ぼく”が防空壕で体験したこととは…
 この作家さんの作品を読むと,この作者が,みずからの「美意識」に対して拭いがたい「負い目」「引け目」を感じているように思われます。町が焼かれ,大勢の人が死ぬ大空襲の中での,狂的で淫靡な経験を,後半で皮肉な事実で幕を閉じさせる本編もまた,同じような手触りを感じました。『江戸川乱歩全短編3 怪奇幻想』(ちくま文庫)にも収録されています。
石原慎太郎「鱶女」
 彼の前に突然現れたひとりの女。野生に満ちた彼女の正体は…
 「鱶が女に化ける」という奇想はおもしろいのですが,結局それが「因縁譚」に収束してしまうのは,ストーリィ全体のトーンと,ちょっと馴染まないところがあります。
遠藤周作「針」
 この作者の短編集『怪奇小説集I』所収。感想文はそちらに。
平井呈一「エイプリル・フール」
 この作者の作品集『真夜中の檻』所収。感想文はそちらに。
伊波南哲「マストの上の怨霊」
 その船員は,婚約者がいるにも関わらず,別の女を妊娠させてしまい…
 解説によれば,沖縄の民話・伝説を元にした作品が多いとのこと。物語の結構はオーソドクスなものではありますが,船のマストの上に現れる,乳飲み児を抱いた女の幽霊という造形が迫力あります。
新羽精之「進化論の問題」
 鶏の餌用の泥鰌取りにうんざりした“ぼく”は,いいことを思いつく…
 一度動き始めた「論理」が,際限なく肥大していくという展開は,ホラーなどでは,しばしば見られるもので,そういった点では,「先」が読める作品です。むしろ,軽妙な語り口で進んだ物語が,軽妙であるがゆえにかえって不気味な結末を上手に描きだしているところが楽しめます。
柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
 送られてきた原稿に書かれた幽霊譚とは…
 幽霊譚において,ときに見かけるパターン(ネタばれ反転>「あ,あれが幽霊だったんだ!」)の作品ですが,恐怖とともに,どこか哀切感漂う仕上がりになっているのは,主人公自体が「死に近しい場所」にいるからなのかもしれません。
半村良「幽タレ考」
 急死したCMタレントが幽霊になって戻ってきた…
 伝奇小説と人情話は,この作者のもっとも得意とするジャンルですから,その両者−幽霊タレントという奇想とその悲哀−を結びつけた本編が,この作者の代表的短編であることは,ごく自然なことと言えましょう。
竹内健「銀色の海」
 少年の前に現れた男は「自然の時計」を作っていると言った…
 素材としては『フランケンシュタイン』に通じるものがありますが,本編の「フランケンシュタイン博士」は,自然(=神)に逆らうのではなく,むしろ自然に寄り添うようなやり方で,ことを成し遂げているように思います。
都筑道夫「はだか川心中」
 その温泉を訪れた男女は,旅館の人たちから奇妙な目で見られ…
 「みずからの死を自覚しない死者」というモチーフは,ホラーでは古典的なものですし,それを語り手に設定するスタイルも,しばしば見受けられます。このミステリやホラーについては「強者」とも言える作者は,それを踏まえて,本編を書いているのだと思います。登ってきた梯子をはずされたような「居心地の悪さ」は絶品です。
中井英夫「地下街」
 老奇術師の引退興行を見に行った男は,そこで…
 「神が与えたもうた試練」という,キリスト教徒がよく口にする言句は,あまりに不条理な「世界」に対する絶望の「解毒剤」と言えなくもありません。とするならば,その「解毒剤」は,神でなくても十分なのでしょう。
小松左京「骨」
 アンソロジィ『妖魔ヶ刻』所収。感想文はそちらに。
源氏鶏太「みだらな儀式」
 故郷に帰る途中,48年ぶりに,初恋の相手に出会った男は…
 飲み屋の赤提灯あるいはネオンサインは,ときおり「チョウチンアンコウ」に喩えられ,「下手に近寄ると食われてしまう」という(現実にもある(笑))恐怖が囁かれます。本編の持ち味は,そこに世代を渡る「時間性」を加味している点にあるのでしょう。

06/04/23読了

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