日下三蔵編『江戸川乱歩全短編3 怪奇幻想』ちくま文庫 1998年

 「しかし,僕のお話は,明かるい電燈には不似合いです。あなたさえお嫌でなければ,ここで,ここの捨て石に腰掛けて,妖術使いの月光をあびながら,巨大な鏡に映った不忍池を眺めながら,お話ししましょう。そんなに長い話ではないのです」(本書「目羅博士」より)

 ずいぶん前に買った本ですが,ふと手にとって読み始めると,やはり乱歩,ついつい読まされてしまいます。中絶した長編「空気男」「悪霊」を含め,計22編を収録しています。
 気に入った作品についてコメントします。

「赤い部屋」
 退屈した男たちが異常な興奮を求めて集まる「赤い部屋」。ひとりの男が,みずからの「殺人記録」を語り始め…
 この作品や,本書に収録された「人間椅子」「百面相役者」などでもそうなのですが,この作者は,「怪異」や「異常」を語ることに対して,どこか「照れ」のようなものが感じられます。それはもしかすると,一方で理知的な本格推理を書いていることと,なにか関係があるのかもしれないと思ってしまうのは,わたしの邪推でしょうか?
「人間椅子」
 「奥様,ぶしつけなお手紙をお許しください」と始まる手紙の語る異常な内容とは…
 密室の中での人間消失(あるいは死体隠匿)というトリックを逆手にとった作品。その着眼点をすばらしさが,この作品の最大の魅力でしょう。でも,いしいひさいち「人間座椅子」を思い出して,つい笑ってしまいます(笑)
「芋虫」
 アンソロジィ『ひとりで夜読むな』に収録。感想文はそちらに。
「毒草」
 小高い丘の中腹で,友人との会話が思わぬ波紋を呼び…
 「ざわざわ」とした不気味さが立ちのぼってくるエンディングがいいですね。行方定まらぬラストの一文も秀逸。
「指」
 友人のピアニストは,凶漢により右手首を切断され…
 乱歩もこういったショート・ショートを書いていたんですね。オチはオーソドクスとはいえ,ラストで描かれるシーンのおぞましくも妖しい美しさがグッドです。
「押絵と旅する男」
 魚津で蜃気楼を見物した帰りの車中,“私”は,ある男から奇妙な話を聞き…
 わたしが「乱歩作品の中で好きなものを挙げよ」と問われたら,まず真っ先に挙げる作品がこれです。「押絵」の中に人間が入り込んでしまうという発想とともに,その入り方の幻想性が,たまらなく好きです。双眼鏡を逆さに覗けば,近いものが遠くに見えるという当たり前のことから,「すうっ」と「異界」に滑り込んでいくという奇想がいいですね。
「踊る一寸法師」
 アンソロジィ『怪奇探偵小説集[続]』に収録。感想文はそちらに。
「人でなしの恋」
 “私”の夫は優しかった。しかし,それは偽りの優しさだった。なぜなら彼が愛していたのは…
 以前読んだときは,主人公の夫の人形に対する異常な愛情に目がいっていましたが,今回,改めて読むと,それとともに,主人公の嫉妬や苦悩が鮮烈に感じられます。その嫉妬や苦悩の深さが,彼女と夫の間に横たわる「溝」の,絶望的なまでの深さを表しているのでしょう。
「鏡地獄」
 ガラスやレンズを異様に愛する“彼”が辿り着いた「終着点」とは…
 ひとつのモノゴトに対する執着が狂気へと繋がっていくというパターンの作品はけっこう好きです。さりげなく描かれていますが,その映像を思い浮かべると,じつに異形のエロチシズムに横溢したワン・シーンが心に焼きつきます。
「虫」
 柾木愛造と木下芙蓉は,3回しか逢ったことがなかった。にもかかわらず柾木は芙蓉を殺した…
 ストーカーや連続殺人犯などの異常心理を描いた作品が,一時期流行しましたが,それよりはるか以前に,こういった作品が描かれていたことは,注目に値するでしょう。その手の作品はあまり得意ではありませんが,主人公が狂気に陥っていく心理プロセスと,人間の肉体が腐敗していくプロセスを重ね合わせることで,おぞましいまでの鬼気を醸し出しています。

01/03/09読了

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