日下三蔵編『乱歩の幻影』ちくま文庫 1999年

 好き嫌いに関わらず,日本ミステリの歴史を語る上で,けっして欠くことのできない作家―それが江戸川乱歩です。その乱歩をめぐる短編をあつめた文庫版オリジナルのアンソロジィ。新旧の作家さんの作品10編を収録しています。

高木彬光「小説 江戸川乱歩」
 お忍びで浅蟲温泉を訪れた江戸川乱歩は,そこで奇怪な事件に遭遇する…
 この作者の,ある著名な作品を知っているかどうかで,ミステリとしてのこの作品に対する評価は変わってくるでしょうが,乱歩趣味的な小道具を満載した本編には,作者の乱歩に対する敬愛の念が色濃く出ているように思います。
山田風太郎「伊賀の散歩者」
 藤堂高次の愛妾おらんの弟・平井歩左衛門は,どこか浮き世離れした人物。幕府の隠密かと,忍者・風忍斎は監視を命じられるが…
 同じように乱歩の作品をふんだんに取り入れた作品ですが,敬愛の念をストレートに出した前作に対して,もうひとひねり加えているところは,作家さんの資質の違いでしょう。乱歩趣味的な小道具を,お得意の変幻自在な「忍法帖」的世界にうまく馴染ませています。
角田喜久雄「沼垂の女」
 終戦直後,新潟沼垂(ぬったり)の友人を訪れた“わたし”は,奇妙な女と知り合う…
 ここでの乱歩は,いわば「話の枕」といった程度の出演です。“私”が出会った女はいったい何者なのか? という「藪の中」的なテイストはけっこう好みです。
竹本健治「月の下の鏡のような犯罪」
 青年の語った不思議な話に酔ったようになった“私”は,知らず知らずのうちに,その犯罪を実行し…
 乱歩の「目羅博士」の「後日談」を描いた作品。この作者の短編集『閉じ箱』所収の既読作品です。幻想的な犯罪を実現することで,さらに深く迷宮的な幻想へと導かれて行くところが楽しめます。
中井英夫「緑青期」
 作者の死によって中断された自伝エッセイ的作品です(あらすじはちょっと書けません^^;;)。話題があちこちに飛びながらも不思議な統一感があるように思います。それはきっと,この作者の確固たるスタンスに由来するものなのかもしれません。
蘭光生「乱歩を読みすぎた男」
 子どもの頃に接した乱歩の『人間豹』。50歳を過ぎて,その世界を実行しようとした精一郎は秘密の地下室をつくり…
 タイトルから,ウィリアム・ブルテンのパロディ・シリーズ「○○を読みすぎた男」的なツイストを期待して我慢して読んだのですが,最後まで結局ストレートなSMポルノでした(笑)。前にもどこかで書きましたように,この手の作品は苦手です。それよりも驚いたのが,編者の解説によると,この作者が間羊太郎と同一人物であり,なおかつ『連想トンネル』式貴士であるということです。う〜む・・・事実は小説より奇なり・・・(<って単にわたしが無知なだけですが^^;;)。
服部正「龍の玉」
 芳雄は,ある日,母に連れられ,明智小五郎に引き合わされ,彼の助手として働くこととなる…
 「少年探偵団」の団長・小林少年を主人公とした作品です。明智小五郎怪人二十面相との本質的な関係を,パスティーシュという手法を用いながら活写しています。
芦辺拓「屋根裏の乱歩者」
 「屋根裏の散歩者」を自作自演することになった乱歩は,撮影現場で貴重なメモを紛失し…
 「屋根裏の散歩者」となった乱歩が,「天井のほぞ穴」を通して,みずからの過去と未来を垣間見るという,SF的というか幻想的なテイストを持っています。作中での乱歩の「決意」は,もしかすると作者自身の思いに通じるものがあるのかもしれません。
島田荘司「乱歩の幻影」
 子どもの頃,実家の写真屋に,引き取り手のないままに残された写真。そこには江戸川乱歩の姿が写し出されていた…
 『網走発遙かなり』の「第3章」です。今回改めて読んでみると,主人公の“わたし”が見た非現実的な光景が「理」に落ちるラストの小気味よさもさることながら,主人公がはじめて「同潤会アパート」を訪れるシーンの詩情豊かな幻想性の鮮烈さに驚きました。再読とはいえ,本アンソロジィで一番楽しめました。
中島河太郎「伝記小説 江戸川乱歩」
 恩人・小酒井不木博士の死に接した乱歩は,博士の研究室で思いにふける…
 この作者の「小説」を読むのははじめてです。乱歩が「探偵作家」としてデビュウする経緯に,妻隆子との愛情をさりげなく絡ませているところはいいですね。また通俗的な作品へと傾斜していく乱歩を肯定的に描いているところは,とても新鮮に感じました。乱歩の「厭人的性格」はよく知られていますが,それとともに別の「顔」も持っていたというところも印象的でした。

99/10/02読了

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