遠藤周作『怪奇小説集I』講談社 1975年

 「遠藤周作文庫」の1冊。出版社の解説によれば「日本初の文庫版による完全個人全集」とのことです。いまでこそ,文庫版の「全集」「選集」はさほどめずらしくありませんが,20年以上前に刊行された本全集は,その先駆け的なものと言えるのかもしれません。
 怪奇譚・恐怖譚15編が収録されています。気に入った作品についてコメントします。

「蜘蛛」
 暇人の「怪談会」に出席した帰り,“私”はある男とタクシに相乗りし…
 しばしばアンソロジィなどでも目にしたことがあるので,この作者の怪奇小説の代表的作品ではないでしょうか? 人の躰に卵を産みつける蜘蛛,そして皮膚の発疹からゾロゾロ孵化する蜘蛛の子ども―なんともグロテスクなイメージです。
「黒痣」
 そのカメラで自分を撮ると,口元に,ないはずの黒痣が必ず写り…
 このカメラが写し出したのは主人公の「真の姿」なのでしょうか? それとも,写すことで主人公に別の人格を与えたのでしょうか? どちらともとれるところが不気味です。
「針」
 洋館の留守番のアルバイト。2階のその部屋だけでは開けてはいけないと言われ…
 民話にある「開かずの間」をネタにした怪奇譚はときおり見かけますが,それを巧くひねった作品です。むしろ,「奇妙な味風ミステリ」といったところでしょうか。本集では一番楽しめました。
「初年兵」
 出張中の汽車の中,“私”はかつて軍隊で虐めた初年兵と再会し…
 アイロニカルなオチに苦笑させられます。「軍隊」を「学校」に換えれば,現代でも通じそうな話です。
「鉛色の朝」
 ある朝現れたひとりの男。“私”の暗い過去が蘇り…
 これまた「ニヤリ」とさせられる作品。「なんでこんなにしつこく描写するんだろう」と思っていたところが,ラストで効いてきます。
「爪のない男」
 なにもないのに多くの登山者が行方不明になるという「悪魔の地点」を訪れた“私”が見たものは…
 オーソドックスな怪談ですが,ラストの映像的なシーンは雰囲気がよく出ていて,「ぞくり」とさせられます。
「恐怖の窓」
 幽霊が出るという噂のアパートに友人とともに住むことになった“私”は…
 結局“私たち”が見たものはなんだったのか? 理由も原因も明らかにされない結末が,より一層恐怖感を高めています。たしかに,こんな目にあったら,むちゃくちゃ怖いと思います。

98/09/11読了

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