平井呈一『真夜中の檻』創元推理文庫 2000年

 海外の怪奇幻想小説,恐怖小説の翻訳者・紹介者として著名な作者の,オリジナル・ホラー2編と,「あとがき」や「解説」,エッセイを収録した1冊です。

 「真夜中の檻」は,若き歴史学者である“わたし”が,古文書調査のために訪れた新潟の旧家麻生家,俗称“おしゃか屋敷”で出逢う怪異を,“わたし”が残した手記という形で描いています。
 人里離れた山中に建つ豪壮な旧家,妖艶で謎めいた未亡人,一族をめぐる不吉な因縁話,主人公が遭遇する怪異・・・ヨーロッパの古城を舞台にしたゴシック・ホラーを,日本に移植したような作品です。しかし「移植」といっても,けして「木に竹をついだような」といった印象はなく,しっかりとジャパネスクしています。その理由は,おそらく作者の日本語の流麗さによるものでしょう。たとえば主人公が,巨大な長屋門をくぐってはじめて麻生家に入っていくシーン,蚊帳をめくって主人公の寝床に侵入しようとする化け物の夢,村人が方言をまじえて語る麻生家をめぐる因縁話などなど,じわじわと底冷えするような,それでいて,どこかしっとりとした不安と恐怖が忍び寄ってきます。
 わたしが常々思っていることなのですが,翻訳者としての力量は,翻訳する対象言語に関する能力よりも,むしろ日本語能力にあるのではないでしょうか。翻訳家の方には怒られてしまうかもしれませんが,外国語の「意味」は,辞書を調べればわかることだと思います。しかし通常,ひとつの外国語に対しては複数の日本語が対応します。その複数の日本語からより適切な言葉を選択する能力,前後の文脈と整合し,なおかつ原文の持つ雰囲気やリズムを壊さない言葉はどれか見極める能力は,外国語の能力というより日本語の能力といえましょう。
 この作者が翻訳で培った,そういった日本語表現能力が,この作品でも十全に発揮されているように思います。ストーリィ的には,もう少しつっこんでほしい部分もいくつか見受けられたのですが・・・^^;;

 もう1編「エイプリル・フール」は,兄嫁のもとに届いた不可解なラヴ・レター,英二は,その相手を突き止めるが・・・というストーリィ。ドッペルゲンゲルというオーソドックスなモチーフを用いながらも,そのドッペルゲンゲルに恋した男を設定することで,哀しい悲恋物語に仕立て上げています。ユニークな着眼点と言えましょう。それにしても,文中,「犯人捜査に精神分析とは,こりゃちょっと行けそうだな。こりゃ推理小説の新手ですぜ。」というセリフが出てきますが,精神分析ミステリが,それこそ掃いて捨てるほどある今日からすると,なんとも時代を感じさせます。

 このほか本冊には,「海外怪談散歩」「西欧の幽霊」「私の履歴書」という小見出しのついた「解説」「あとがき」「エッセイ」が収録されています。多くが「解説」として書かれているせいか,膨大な書誌情報が詰め込まれていますが,文体が軽妙で読みやすいところがいいですね。個人的には,アルジャーノン・ブラックウッド,アーサー・マッケン,M・R・ジェイムズの作品をコンパクトに解説した「お化けの三人男」,作者の博覧強記ぶりが全開している「西欧の幽霊」「西洋ひゅーどろ三夜噺」などが楽しめました。

00/09/30読了

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