井上雅彦編『妖魔ヶ刻 異形ミュージアム1 時間怪談傑作選』徳間文庫 2000年

 「異形コレクション」『時間怪談』「編集序文」で予告された「時間怪談傑作選」が実現しました。そこで掲げられた作品群と若干の違いがあるのは,やはり出版社同士の思惑が絡んでいるからでしょう(浅田次郎「鉄道員(ぽっぽや)」が挙げられていましたが,本集には収録されていません。やはり,版権を持つ集英社としては現段階で他社のアンソロジィに掲載を許可するわけにもいかないのでしょうね,ドル箱ですから)。
 本書のライン・アップを見ると,取り上げられている既読作品のいくつかは,オリジナルの短編集で一番楽しめた作品として感想文をアップしていることに気づきます(高橋葉介「迷宮の森」皆川博子「骨董屋」田中文雄「時の落ち葉」伊藤潤二「長い夢」)。『時間怪談』の感想文でも書きましたが,「時間テーマ」の怪談は,わたしの嗜好にフィットしていることを,改めて認識しました。

安土萌「制服」
 20年前の制服を着て“私”は,母校を訪れたが…
 「え?」というオープニングから,違和感を抱え込んだままの展開,すとんと見事の着地。ショート・ショートという短い分量だからこそ,上手にまとまった作品に仕上げることに成功しているのでしょう。
高橋克彦「ねじれた記憶」
 30年前,今は亡き母親と逗留した旅館をふたたび訪れた“私”は,封印された記憶を蘇らせ…
 この作品も既読ですが,読んだのはHP開設以前なので,感想文はアップしていません。しかし,その巧みな構成,ショッキングなラストなど,強く記憶に残っています。この作者の作品には「記憶もの」が数多くありますが,その中でも秀逸な1編だと思います。
小松左京「骨」
 庭に井戸を掘ろうとしたところ,膨大な数の骨が出土し…
 掘り進めるうちに,どんどん「現代」に近づくという不可思議なシチュエーション,累々と横たわる「骨」が示す人類の血塗られた歴史(ここには文明批評家としての作者の「顔」が出ています),ひとつの「お話」として収束させる見事な手法。この作者の代表的な「時間怪談」と言えましょう。
関戸康之「時の思い」
 大学生の“俺”の元へ,娘と称する少女が現れ…
 ネタ的にはさほど新鮮なものとは言えませんが,この作品も,ショートショートだからこそ,鮮烈な印象を残す作品となっています。幼い少女の口から語られるがゆえに,彼女を襲った「災厄」が,より一層不気味なものになっています。
池上永一「サトウキビの森」
 1年前,本土から来た洋介と再会を約した場所を訪れた東子は…
 一種の「予知もの」と言えるかもしれませんが,それ以上に,思春期の少女東子の恋心を,ユーモアも交えた文章で,じつに鮮やかに切り取ってみせている点,青春小説として楽しめます。とくにスコールで水分を含んだ麦わら帽子を頭に押しつけるシーンはいいですね。「それでも足りないのでもう一度強く帽子を押さえて」というところが,彼女の哀しみの深さを浮かび上がらせています。結局,洋介とは,あっという間に訪れ,去っていくスコールだったのかもしれません。
江坂遊「二十三時四十四分」
 マンションの隣室に引っ越してきた彼女は,不可思議な「時刻表」を持っており…
 「風の時刻表」というロマチシズムと,それがもたらすグロテスクな結末との,ミス・マッチが奇妙な味わいを醸し出しています。
中井英夫「天蓋」
 世田谷に移り住んだとも子は,久しぶりに銀座に出るが…
 短すぎて,ちと理解しにくかったです。人が死を目前にしたときに見るという「パノラマ現象」のヴァリエーションでしょうか? それとも「マントを着た妖婆めく女」が見せた,一瞬のイリュージョンだったのでしょうか?
菊地秀行「昨日の夏」
 ホテルで逢い引きする不倫同士のカップル。女の様子がおかしいのは,別れ話を予感してからなのか…
 人が「時間」を認識するのは「記憶」があるからです。ゆえに,その「記憶」に変化が生じるということは,そのまま「時間怪談」に結びつくとも言えるかもしれません。失われた恋の時間を「なかったもの」として封印してしまう心性が,こんな怪談を生み出したのでしょう。
笹沢左保「老人の予言」
 長編執筆のために信州の旅館に滞在している“ぼく”は,一晩,ひとりの老人と相部屋になり…
 悪夢にうなされた老人が語り始める,過去の殺人…「いったいどこか時間怪談?」と思っていたら,ラストでツイスト。淡々とした語り口が,最後に一気に「異界」へと転ずる様は,効果的です。

00/09/13読了

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