ミステリー文学資料館編『剣が謎を斬る 時代ミステリー傑作選』光文社文庫 2005年

 「この世で,けがれない美しいものは,長く生きられないのです。清らかに燃えさかって,消えて行くのです」(本書「雪の下−源実朝−」より)

 『幻の探偵雑誌』『甦る推理雑誌』に続く新シリーズ。今度はテーマごとのアンソロジィですが,本集には宮部みゆきも含まれていますから,新旧とくにこだわらないようです。第1冊の本編のテーマは「時代ミステリ」,11編を収録しています。

岡田鯱彦「変身術」
 死刑前夜,牢を抜け出した鼠小僧次郎吉は…
 奇想天外な伝奇小説として読めば,アイロニカルなユーモアが楽しめる作品ですが,「時代ミステリ」を冠するアンソロジィの冒頭の作品として,はたして適切かどうか,疑問が残ります。1作目というのは,そのアンソロジィの「性格」を知る上で,とても大事だと思います。
山本周五郎「しじみ河岸」
 与力は,犯人が自白した,いたって単純な殺人事件に疑問を持つが…
 物語の眼目は,事件の捜査にあるのではなく,捜査を介して浮かび上がる,巨大都市・江戸の最底辺の人々の「貧しさ」であり,それゆえの哀感であるのでしょう。「犯人」の気持ちに「同情」はしながらも,それとの「距離」を感じることが,たとえ数多くの問題を抱えつつも,現在のわたしたちの「豊かさ」を物語っているのかもしれません。
松本清張「いびき」
 殺人で遠島を申しつけられた男が,もっとも恐れたのは,自分の「いびき」だった…
 ひとり暮らしなので,自分がいびきをかくかどうかはわかりませんが,同室の高いびきに寝付けず,「殺意」を覚える気持ちはよくわかります(笑) 主人公も,自分のいびきを気にしない人間がいることの大切さを知るべきだったのでしょう。
山田風太郎「怪異投込寺」
 その名が天下に響く花魁・薫…彼女は,偶然,葛飾北斎と知り合ったことから…
 権力に対する反骨精神,グロテスクなエロチシズム,現実と架空とを巧みに織り交ぜたストーリィ展開…この作者独特のエッセンスに満ちた短編です。また秘められた「狂気」を浮かび上がらせるトリッキィな幕引きもいいですね。本集中,一番楽しめました。
南條範夫「願人坊主家康」
 願人坊主に500貫で買われた少年は,戦国の世に野望を誓う…
 世に言う「家康入れ替わり説」を素材とした作品です。いまでは隆慶一郎『影武者徳川家康』で有名になってしまい,やや新鮮味に欠けるところは,致し方ないのでしょう。しかし,弱肉強食,下剋上がまかり通る戦国ならでは,主人公の奇抜な戦術が楽しめます。
多岐川恭「雪の下−源実朝−」
 実朝暗殺から2年後…庵に集った3人の男女が語る,それぞれの「真相」とは…
 タイトルと設定から,芥川龍之介「藪の中」みたいだな,と思っていたら,編者の「解説」でも,そう書いてありました(笑) 「情」と「力」を対比させながら,将軍暗殺という「歴史の動き」を鮮やかに浮かび上がらせています。
司馬遼太郎「前髪の惣三郎」
 抜群の剣技で新選組に入隊したのは,まだ前髪も落とさない美男子だった…
 「男の嫉妬は女より深い」などと申しますが,これに「衆道」が絡み,なおかつ幕末というテロリズムの時代であれば,血なまぐさくなるのは,必然とも言えましょう。
永井路子「からくり紅花」
 恋人に「伊勢参りに行く」と言った男が失踪した…
 行方不明になった貞吉の恋人すみの「ある行為」が,ストーリィの次なる展開へと結びつくのではないかと想っていただけに,尻切れトンボといった感じが否めませんねぇ…
池波正太郎「だれも知らない」
 親の仇を討つために,男は,辣腕の浪人を雇うが…
 仇討ちをめぐるアイロニカルな物語です。ただプロットが少々あざといところがありますね。『剣客商売』で,しばしば取り上げられる「時が経つとともに人は変わる」というモチーフが見られるように思えます。
新羽精之「天童奇蹟」
 アンソロジィ『甦る「幻影城」II』所収。感想文はそちらに。
宮部みゆき「だるま猫」
 この作者の短編集『幻色江戸ごよみ』所収。感想文はそちらに。ところでこの作品,アンソロジィ『怪奇・怪談傑作集』にも収録されていて,人気があるようですが,「時代ミステリ」としてなら,わたしだったら「神無月」を選ぶけどなぁ…

05/06/06読了

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