縄田一男編『怪奇・怪談傑作集』新人物往来社 1997年

 岡本綺堂から宮部みゆきまでと,幅広い作家さんたちの時代物怪談11編を収録したアンソロジィです。

岡本綺堂「利根の渡」
 連日,利根の渡に佇む座頭の目的は…
 因果があるような,ないような,そのあたりを曖昧なままにしながらも,ぼんやりと雰囲気を醸し出しているところは,まさに綺堂怪談の真骨頂といえましょう。座頭の,狂気にも似た執念の描き方も秀逸です。
野村胡堂「魔の笛」
 「魔の笛」と呼ばれる名笛“鈴虫”にまつわる奇妙な話とは…
 「付く喪神」というわけではありませんが,道具,とくに「名器」と呼ばれる道具に,なんらかの魔的なものが宿るというのは,日本人にとって馴染みやすい発想なのでしょうね。それとともに「名人の若かりし頃の天才的活躍」といった趣向も,一種「伝説」めいた手触りを感じます。
都筑道夫「首つり御門」
 国文学の助教授が語る,江戸時代の「首つり綺譚」三題…
 なにかの集まりで,国文学者の助教授が語る,という体裁の作品なのです。ですが,最初の話題はどこか別のところで呼んだ記憶があるので,たしかに「素材」があるのでしょうが,のちのふたつ…作中でそのエピソードに対して「随筆の中に混じり込ませた創作」という可能性が指摘されています。もしかしたら,本編そのものにも適用される可能性がありますね。それだけしゃれっ気のある作家さんですから。
宇野信夫「刀の中の顔」
 女囚を斬首した山田浅右衛門は,以来,刀の中に女の顔を見るようになった…
 「殺された女の怨み」をメインの素材にしながら,主人公浅右衛門の周囲に,作為的なまでの「因果の糸」を張り巡らせ,狂気へと転がり落ちる彼の悲劇を描いています。その狂気がほとばしる斬殺シーンは圧巻です。
杉本苑子「鳴るが辻の怪」
 怪異の続く“鳴るが辻”から仏像が掘り出され…
 もしかすると,奇妙な音の発する辻から仏像が掘り出されるという綺譚は,実際になにかの本に伝えられているのかもしれません。しかしスーパーナチュラルな怪異を介在させながらも,さらに男女の情欲と物欲とを絡めることで,どこかクライム・ノヴェル的なテイストを加味している点が,本編の独自性なのでしょう。
笹沢左保「遺書欲しや」
 その宿場町には心中した女の幽霊が出るという…
 日本では,幽霊出現の理由の「通り相場」は,「現世への未練(怨みや恋慕,金銭への執着など)」ですが,江戸時代の法律を踏まえつつ,それを逆手にとって,奇妙な味の一編に仕立てています。ミステリ的趣向は,この作者らしいところでしょう。
綱淵謙錠「怪(かい)」
 豪胆で名高い浜田喜兵衛の出会った怪異とは…
 渡辺綱といい,源義経といい,豪傑にはつねに怪異がともなっているのでしょう。いや,人だけでなく,人外のモノをもねじ伏せてこそ,真の「豪傑」なのかもしれません。そう言う意味で,主人公だけでなく,登場する和尚もなかなかの人物ではないかと思います。
神坂二郎「掌(て)の中の顔」
 後頭部を強打して以来,半助は不思議な力を得て…
 超能力を得た男が,それゆえに破滅するという皮肉なストーリィは,SFのショートショートでは,しばしば見られるものですが,それを時代物として描いたところと,切られた樹木を触ることを媒介として発揮されるとしたところが,本編の持ち味なのでしょう。
宮部みゆき「だるま猫」
 この作者の短編集『幻色江戸ごよみ』所収。感想文はそちらに。
戸川幸夫「影を売った武士」
 戦乱の世,兄を殺して出奔した男は,山中で奇怪な老婆に出会う…
 ヨーロッパで言えば「悪魔との取引」モチーフの作品です。主人公が仕えたのが,豊臣秀吉によって滅ぼされた北条氏なので,歴史的事実と絡んだ結末と思いきや,やや小粒な感じのエンディングに肩すかしを食ったようなところもあります。
田中貢太郎「日本三大怪談集」
 「皿屋敷」「四谷怪談」「牡丹灯籠」という,題名通り,有名な3品を紹介した作品。うち「四谷怪談」は,鶴屋南北によってグロテスク化される以前の伝承を紹介している点で注目されますし,また「牡丹灯籠」は,「原作」となっている中国の「剪灯新話」の日本での翻案過程を跡づけている点でおもしろいですね。

04/04/25読了

go back to "Novel's Room"