ミステリー文学資料館編『「ロック」傑作選 甦る推理雑誌1』光文社文庫 2002年

 終戦後,昭和20年代に刊行された推理雑誌群の作品を集めたアンソロジィ・シリーズの第1集。創作11編とエッセイ6編を収録しています。ところで雑誌名「ロック」は,「ROCK」じゃなくて,「LOCK」だったんですね。う〜む,ミステリ者としての基礎的素養がない…^^;;

横溝正史「花粉(『笹井夫妻と殺人事件』の内」)」
 殺人容疑で逮捕された彫刻家。彼の無罪を信じる笹井夫人の推理は…
 この作者の作品といえば「おどろおどろしい」とか「怪奇趣味たっぷりの」という形容が定着していますが,『人形左七捕物帳』に見られるような,テンポのよいユーモアにあふれた作品も,持ち味のひとつといえましょう。探偵役の笹井夫人の小気味よい推理とともに,夫婦の軽快なやりとりなども,作品の魅力になっています。
北洋「写真解読者」
 中国で失踪した若いロシア人。彼が遺した形見の秘密とは…
 中国内陸部の砂漠を舞台としたエキゾチシズムあふれた作品ですが,終戦直後の日本人にとっては,また違う感触があったのかもしれません。ロシア人が失踪した理由,また彼が遺した形見がなぜ狙われるのか?という謎解きは,着眼点としておもしろいですね。しかし「あんなもの」を持ち歩いていて大丈夫なのか?
角田喜久雄「緑亭の首吊男」
 半年前,飲み屋・緑亭の主人は,人を殺して自殺した…一見単純な事件の裏に隠れていたものは…
 シンプルなトリックに,いろいろとミステリアスな状況を付け加えてはいるのですが,いまひとつそれがしっくりしていない 感じがあります。また短編ですから仕方ないのかもしれませんが,ラストの探偵役の冗舌は,ちと辛いですね。探偵役が真相の確証を得るところはおもしろいのですが。
大下宇陀児「不思議な母」
 前の夫を殺したのは,再婚した今の夫ではないかという疑念が消せず…
 「男女(夫婦)の機微」というのは,じつは苦手なモチーフなのですが,ストーリィ・テリングの巧みさで有名な作家さんだけに,なぜ母親は機嫌がいいのか?」という冒頭での謎の提示,今の夫に対する疑惑の端緒へのアプローチ,揺れる妻の心理などなど,サクサクと読ませます。
山田風太郎「みささぎ盗賊」
 邑の近くにある古墳。それをめぐる30年前の奇怪な出来事とは…
 中国の志怪小説の中に,墓に入った盗人が,機械仕掛けの攻撃に遭うとか,死体がさながら生者のごとき姿をしていた,という内容のものがあったように思います。それを日本を舞台に換骨奪胎して伝奇的雰囲気を盛り上げるとともに,ラストでツイストを仕掛けるところは,この作者らしい奇想ですね。
島田一郎「8・1・8」
 密室で殺された博士は,ダイイング・メッセージを残し…
 短編ながら,密室殺人,ダイイング・メッセージ,鉄壁のアリバイ,と,本格ミステリのスタンダードが詰まった作品です。しかしそれ以上に,ロシア史をめぐるペダントリックな言及は,どこか戦前の小栗虫太郎的なテイストを連想させます。ラストの謎解きもそんな感じが強いです。
薔薇小路棘麿(鮎川哲也)「蛇と猪」
 山中に青白い狐火が浮かび上がった夜,ひとりの男が撲殺された…
 まずなによりも,「お耽美小説」に出てきそうな仰々しい名前が,かの御大の筆名であるのにびっくり。内容的には,たしかに本格ミステリとしては,伏線もきちんと回収され,論理的に謎解きがなされるのですが,文体やキャラクタ描写,ストーリィ展開に,いまひとつぎこちないというか…この作風は,初期からそうだったんですね。
水上幻一郎「火山観測所殺人事件」
 噴煙を上げる浅間山山麓の観測所で起きた殺人事件。容疑は妻に向けられるが…
 ラストにおいて,探偵が真犯人の意図を再現するという「偽装」を仕掛けるのですが,それが「罠」として機能していないんですよね。それにどういう意味があるのか? どうも全体の構成がいまひとつ練れてなくて,トリックが活きていません。
伴道平「遺書」
 プラットフォームから落下して轢死した女。事故なのか? 殺人なのか? その真相を遺書は語る…
 エログロは,終戦直後のカストリ雑誌などによく見られるテイストですが,本編はそれにニヒリズムを加味したようなクライム・ノベルとなっています。モチーフはぜんぜん違いますが,どこか大藪春彦のデビュー作『野獣死すべし』を連想させるものがあります。
岡田鯱彦「噴火口上の殺人」
 妹を自殺に追いやった男に対して,兄が挑んだ“決闘”とは…
 小粒なトリックと全体のヴォリュームがややアンバランスな感がありますが,戦前の学生同士の交流と確執とを丁寧に描き込み,その愛憎の交錯の狭間に,上手に伏線を埋め込んでいるところも巧いですね。
青池研吉「飛行する死人」
 大雪の翌朝,カストリ屋の裏庭で,不可解な死体が発見された…
 諧謔調の文体でサクサク読めるのですが,話の運び方にやや強引なところもありますね(笑) 個人的には「空飛ぶ死体」というメイン・トリックよりも,もうひとつの殺人の方がおもしろく読めました(「雪かき」の演出もよかったですし)。ともに「雪」を巧みに使っていますね。

02/11/08読了

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