人類の歴史の中で医療の発展は人類に多大な幸福をもたらしました。中でも感染症との苦闘は未完成ではありますが、目をみはる多くの成果を上げています。治療に対しては1920年英国の細菌学者Sir Alexsander Fleming によるペニシリンの発見、一方予防に対しては1796年英国の医師 Edward Jenner による天然痘ワクチンの発明等は画期的な出来事でした。その後抗生物質や各種ワクチンは次々に開発されています。ジェンナーによるワクチン発明後およそ200年を経て天然痘は1980年5月8日WHOにより撲滅宣言がなされました。
麻しんは今日でも死亡例をみる重篤な感染症です。肺炎、中耳炎、脳炎等を合併し、治療が長引く事も度々です。一般的には10日前後で治癒しますが、治癒後数年して突然難治性の脳症(SSPE)を起こす例が100万人に1人くらいの割合で発症しています。現在の医学では治療は対症療法に頼るしかありません。麻しんワクチン接種後にも発症する危険性はありますが、自然麻しんより頻度は低く、現在のところワクチン由来と確認された症例はありません。自然麻しんは一度罹れば二度は罹らないという経験則から、ワクチン接種に消極的な人もありましたが、現在では殆どの人が、「麻しんワクチンは接種させたい」と考えるようになりました。
麻しん生ワクチンは日本とアメリカで、殆ど同時に独立して開発されましたが、その後も改良が進み、日本のワクチンは接種後の抗体価の上昇率、副反応の低さでは、世界のトップレベルです。(@島信一著:麻疹ワクチン接種後の副反応と抗体価について;鹿児島県医師会報第416号−1985年2月号−)
わが国では、麻しん患者数は2007年度約3万人(定点届出数3,132人より類推)と推定されていますが、アメリカではわずか34名の患者数でまさに桁違いの患者数です。麻しんウイルスの伝播は人間のみと認められており、DNAを調べるとそのウイルスの由来が分ります。アメリカの症例は殆ど日本由来と判定されているので、世界の国から日本は麻しんの輸出国と批判されているのが実情です。
アメリカを始め先進国の麻しん発生が少ないのは、ワクチン接種率が100%に近いからです。わが国では麻しんワクチンは1978年より定期接種となりましたが、接種率は低く70〜80%台が続きました。原因としては色々考えられますが、「予防接種で防御できる疾患はすべて予防接種を行う」との概念が未だ十分に確立されていない事や、予防接種の接種管理が地方自治体に任されているので、一部負担金をもらっていたり、通年制でなく特定の時期を決めて行ったり、今なお集団接種を行う市町村があったためと推測されます。通年制、個別接種(いつでも、どこでも)で、負担金は無料が当然と思います。接種料金も8千円から1万5千円と開きがあります。接種料金の統一は現状では「公取法に抵触する」ことになりますが、健康保険法に基づく薬価と同様、国が決めれば「公取法違反」にはなりません。
麻しんワクチンは2006年度から麻しん風しん混合生(MR)ワクチンを1歳児と5〜6歳児(小学校就学前1年間)の2回接種となりました。更に今年度から5年間の時限処置として、13歳(中学1年生)と18歳(高校3年生)に追加接種することになりました。2回接種する事はブースター効果(不顕性感染による抗体価の上昇)が期待できなくなる事への対応策でもあります。
昨年度のMRワクチン接種率は全国で87.9%、鹿児島県は83.3%で全国44位の低い接種率です。未接種がゼロにならない限り麻しん発症の危険性は続くわけですから、接種率100%に向けて努力する必要があります。日本小児科医会、日本小児科学会、日本医師会、厚労省は共同して、「1歳のお誕生日がきたら、早めに麻しん風しんの混合ワクチンを接種しましょう!」との広報活動を盛んにやっていますが接種率の向上に至っていません。
わが国では、少子化・核家族化が進んで、子育ての環境も変化してきました。共働き世帯の子どもは託児所や保育園に預けられるので、診療時間中に予防接種を受けられない子どもが増えているとの理由から、2003年度より3月の第1週を予防接種週間として、時間外でも予防接種を受けられる態勢作りをはじめました。しかし北海道や北部日本では、この時期には未だ雪が残っており、交通が不便との事ですし、インフルエンザの流行も終息していない地域があります。また会社や自治体では年度末で多忙な時期でもあり、あまり効果をあげていません。
そこで8月4日を「はしかの日」と定め、この日を含む一週間を予防接種週間とする事を提案いたします。
予防接種には定期接種(麻しん、風しん、MR、DPT.DT.BCG.ポリオ、日本脳炎)と任意接種(水痘、おたふくかぜ、インフルエンザ、肝炎A,B,Hib等)と沢山ありますが、緊急の課題は麻しん撲滅ですので、はしかの日を提案しました。このように分かりやすいネーミングにすると国民も親しみやすく関心も高まります。また、夏休みを利用することも効果がでやすいかも知れません。医療界ではすでに、10月10日(目の日)9月9日(救急の日)、6月4日(虫歯の日)、3月3日(耳の日)等としてすでに国民の中に定着し啓蒙活動は成果を挙げている実例があります。
現在、定期予防接種は勧奨接種ですが、種痘には義務接種の時期がありました。集団防衛の立場から、未接種者の入園入学規制を明文化すれば接種率は上がります。
1日も早い「麻しん撲滅宣言」を期待しての提案です。
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