真保裕一『ホワイトアウト』新潮社 1995年

 貯水量6億トン,日本最大のダムが武装テロリストによって占拠された。人質はダムの職員と電力,そして川の下流域の住民。犯人からの要求は50億円。2000m級の山岳と豪雪に阻まれ,警察も手が出せないなか,ダムの運転員・富樫輝男は,たったひとりでテロリストに挑む! 人質となっている同僚と死んだ友人の婚約者・平川千晶を救うために・・・

 のっけから関係のない話で恐縮ですが,『ダイハード3』を見たときに感じた「もの足りなさ」の理由がわかったように気がします。『1』『2』の場合,きっかけは巻き込まれた形ではありますが,主人公があれだけ必死になるのは,「妻を救い出すため」という強烈なモチベーションがあったからです。ところが『3』では,そこらへんがどうも薄い。だから同じように主人公が危機一髪に陥りながら困難を乗り切っていくストーリィながら,主人公に対する感情移入がいまひとつのようなところがあったのです(あくまで個人的なものですよ,念のため)。

 「日本版ダイハード」とも呼ばれる本作品では,メインストーリィの開始に先だって,主人公が友人を雪山で失うというエピソードが挿入されます。自分の不注意で友人を死なせてしまった(と考えている)ことが,主人公をして,単身,徒手空拳でテロリストに挑戦し,その友人の元婚約者を救い出そうとすることの,強烈なモチベーションになっています。冒険小説の定型のひとつ「プロvsアマチュア」というシチュエーションにおいて,「なぜアマチュアが(無謀にも)プロに挑むのか?」という状況や動機づけをどのように設定するか,読者が理解でき,共感できるモチベーションを作れるかどうかが,とくに平和な(?)日本を舞台にする場合,重要なポイントになるのではないかと思います。わたしにとって,ここらへんがはっきりしないと,「なんで主人公はこんなことするんや?」という気持ちが,喉にささった小骨のように気にかかって,作品を楽しめないことが多々あります。その点,この作品では,上に書いたような初期設定をしていることから,スムーズに主人公に感情移入ができました。とくに銃傷を負った岩崎課長に,主人公が必死になって人工呼吸するシーンが好きですね。

 さて物語は,主人公・富樫輝男の孤軍奮闘,人質となった千晶の目を通してのテロリストたちの行動,警察側の対応を交互に描きながら,サスペンスフルに展開していきます。富樫に襲いかかるテロリストの攻撃,そして厳寒の奥遠和の自然環境,主人公はこれらをいかにして突破し,人質を救出するのかが,物語の眼目となります。とにかく,水やら雪やら氷やら,ひたすら「寒い」です(笑)。
 ただし作者は,それだけでなく,いくつかの仕掛けを用意しています。たとえば,イントロのところで描かれるひとりの男。この,テロリスト・グループ内の異分子の存在は,これから起こるであろう事件に,テロリストにとって予期せぬ展開をもたらすことを予感させます。
 また「犯人はいかにして身代金50億円を奪取し,逃亡するのか?」という謎に絡んで,物語の後半,効果的にその謎の解決が提示され,サスペンスを盛り上げています。「このまま最後のクライマックスまで一直線なのかな?」と思っていたところだったので,「お,どうなっているんだ?」という読み手の好奇心を,じつに巧みに惹きつけているように思います。

 厳冬下のダム占拠という途方もない,しかしそれでいて真実味をもった舞台設定,主人公の事件関与への説得力のあるモチベーション,要所要所で謎や仕掛けを施して,一本調子に陥らず緊迫感を持続したストーリィ展開などなど,この作者の,心憎いばかりのお話づくり,雰囲気づくりの巧さには,やっぱり感心してしまいます。堪能,堪能・・・。

 ただ欲を言えば,ダムの見取り図がほしかったです。ときおり主人公がどこにいるのかわからなくなりました^^;;(でもそうすると,主人公がいかに危機を脱するかが読めてしまって,興をそぐことになるかもしれんしな・・・。むずかしいところですね)

 ところで本書は「新潮ミステリー倶楽部」の1冊ですが,カヴァに掲載された既刊作品―佐々木譲『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』『ストックホルムの密使』,宮部みゆき『レベル7』,高村薫『リヴィエラを撃て』,折原一『異人たちの館』,藤田宜永『鋼鉄の騎士』船戸与一『蝦夷地別件』,東野圭吾『鳥人計画』,天童荒太『家族狩り』,綾辻行人『霧越邸殺人事件』,岡嶋二人『クラインの壺』,北川歩美『僕を殺した女』などなど―を見ると,このシリーズのレベルの高さを改めて感じますね。

98/08/21読了

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