北川歩実『僕を殺した女』新潮文庫 1998年

 ある朝目覚めると“僕”篠井有一は,ヒロカワトモコという女性になっていた。おまけに知らぬ間に5年の歳月が流れている。いったい“僕”になにがおこったのか? 人格転移とタイムスリップ? さらに「篠井有一」はもうひとりいた! 自分の正体を探ろうとする“僕”の前に現れるさまざまな謎と不可解な人物たち。“僕”はいったい何者なのだ!?

 てっきり西澤保彦だと思いました(笑)。でも都筑道夫でした(爆!)。
 人格転移だけならまだしも(って,それだけでもすごいけど),性転換,さらにタイムスリップ,ドッペルゲンゲル。これだけのSF的状況を,どうやったら“現実”に着地させることができるというのか?
 作中,これらの「SF的状況」に対して,いろいろな「現実的解決案」が提示されますが,新しい証拠や証言の出現により,つぎつぎと反証され,棄却されていきます。主人公の「現実的解決」の選択肢はどんどん狭められていきます。ですから「最後はやっぱりSF的決着なんじゃないの?」という疑念は最後の最後まで残っていました。しかしそれを裏切るようにみごとに現実的地平でのラスト。とにかく(どういうレッテルが適当なのかわかりませんが)この手のタイプのミステリに好んで用いられるトリックや仕掛け(具体的に書くと,未読の方が興ざめしますので書きませんが)を,山ほどつぎ込み,重ね合わせ,組み合わせ,こねくり回して,アクロバティクなエンディングを迎えます。おまけにきれいなツイストもきいていて,おもわず「をを!」と膝を打ってしまいました。

 ただ,主人公の“僕”にいまひとつ感情移入できなかったのが,個人的には難と言えば難ですね。この主人公,突如「性転換」「タイムスリップ」して,パニックに陥り,混乱して,他人のことなどかまっている場合じゃないということはわかりますが,宗像久や大橋恵美子に対する接し方を見ると,どうも「利己的」というか「自己中心的」なところがあって,読んでいてちょっといらいらさせられます。ま,プロット優先の作品ですから,そのことが作品そのもののおもしろさを減殺しているわけではありませんが・・・。

 ところでこの作者,「覆面作家」とのこと(解説の香山二三郎によれば「二十世紀最後の覆面作家」だそうです(笑))。北村薫といい,覆面作家は「北」の字がお好みのようですね(って,わずか2例のサンプリングで一般化しないよ〜に>自分)。

98/08/05読了

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