藤田宜永『鋼鉄の騎士』上下巻 新潮文庫 1998年

 第二次世界大戦勃発前夜のフランス・パリ。日本で社会主義運動に挫折し,虚ろな日々を送る千代延義正は,トリポリではじめてカーレースを見る。それが彼の運命を大きく変えることになった。駐仏陸軍武官である父親に逆らってプロのレーサーは目指す義正。しかし,彼は知らず知らずのうちに,独ソの謀略戦の渦中に飲み込まれていく・・・。

 『標的の向こう側』を読んで,この作者が,本書で日本推理作家協会賞と日本冒険小説協会特別賞を受賞していることを知り,読みたかったのですが,書店で見かけたハードカヴァア版は,持つと手首が骨折しそうなほどの分厚さ(<ちょっと大げさ)。つい手を出しそびれていたのですが,文庫化されたということで,さっそく読んでみました。
 が,やっぱり,文庫上下巻で1500ページ,2500枚は長い・・・(笑)。文庫だと,だいたい1時間100ページ見当で読むのですが,本書だと,単純計算で15時間,当然,途中で食事したり,休憩したり,ネットしたりで,結局読み通すのに3日かかってしまいました(うち日曜日は丸1日,ひたすら読書モード)。さすがに読み終えたときは,疲れが・・・。やっぱり読書は体力です!(とか言ったりしたら,スポーツやっている人に,はたかれるぞ!)

 さて物語は,主人公・義正がレーサーへと成長していく姿を縦軸とし,ドイツとソ連を中心とした大戦前夜のスパイ戦を横軸として進行していく,なんとも波瀾万丈なストーリィです。
 とにかく登場人物たちが一癖も二癖もある連中ばかりです。任務遂行を第一義とする,絵に描いたような軍人の主人公の父親(でも後半は“不良息子”のせいで悩める父親になります),冷酷非情なソ連のスパイ・ジロー,そのジローに操られ破滅していく日本人スパイ,反ソ連の白系ロシア人組織の懐刀・プーシキン,天才ドライバのベルニーニとシュミット,“頑固職人”のカシニョール,“マザコン(笑)”のジャン・ルイ,パリに巣くう日本人遊民・高石三郎,“尽くす女”北島恭子,本人は自立しているつもりでも要するに“わがままな,ええとこのお嬢さま”有馬小百合などなど,いずれも個性豊かな人物たちが縦横無尽に活躍します。
 そしてなんといっても,パリの大泥棒・“弓王子”!,いや,いいですね,このキャラクタ。さすが,“アルセーヌ・ルパン”を生んだ国フランス(笑)。イタリアン・マフィアのような組織犯罪が主流となっていった20世紀の犯罪界,その流れに逆らうように,少ないけれど,信頼できる手下を引き連れ,夜の街を駆けめぐります。
 と,ここまで書いてきて気づいたんですが・・・
もしかすると,主人公が一番魅力ないのかも?(笑)
 まぁ,この手の冒険小説の主人公って,情熱だけは,胸くそ悪くなるほど(<下品)ありあまっていて,周りを巻き込んでいくタイプっていますからね,けっこう。それがストーリィを進めていくわけですが・・・。

 こういった多彩な人間たちが,混迷するヨーロッパ情勢を背景にして,出会い,すれ違い,殺し合い,騙し合い,裏切り,物語は展開していきます。そして,さまざまなエピソードが重なり,つながり,ねじれ,すべての流れがラストのポーで開かれるレースへと集束していきます。カーレースとかにほとんど関心のない(というより自動車自体に関心がない(笑))わたしでも,クライマックスのデッドヒートは手に汗握るシーンでした。
 ただこれだけ大勢の登場人物たちを一編のストーリィに結びつけていくわけですから,その結びつけ方には,やっぱりどうしても“できすぎ”というか,“わざとらしさ”みたいなものが,目についてしまいますね。とくに義正と弓王子の再会シーンは,「え? こんなんあり?」という感じで,ちょっと唖然としてしまいました。小百合と恭子の再会シーンもなぁ・・・・。そうそう,この作品のもうひとつの難は,後味がいまひとつよくなかったことなんですよね。とくに恭子の扱い。せっかくうまくいきそうだったのが,ラストがあれじゃ,かわいそうですね。

 それでも,後半にはいって,ぐいぐいと物語に引き込まれ,疲れた身体に鞭打っても読ませてしまう迫力はありました。

98/02/09読了

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