岡本綺堂『白髪鬼 岡本綺堂怪談集』光文社文庫 1989年

 13編を収録した短編集です。かぶっている既読作品もけっこうありますが,改めて読んでも,この作者独特の妙味が楽しめます。

「こま犬」
 明神跡で,夜な夜な,奇怪な啼声が聞こえるという…
 「田舎の怪談」風のイントロダクションから,ふたりの男女の不可解な死,そしてその現場から掘り出されたこま犬…「因果」があるのかないのか,はっきりとしない,しかしそれでいてなにかありそうな…といった作風は,この作者ならではのものと言えましょう。
「水鬼」
 『怪奇・伝奇時代小説選集1』所収。感想文はそちらに。
「停車場の少女」
 親友と出かけた湯河原からの帰途,“わたくし”に声をかけた少女は…
 「少女の姿をした死神」というイメージは,古くシャーマニズムの伝統をひいているからでしょうか,古今東西,普遍的にあるのかもしれません。F・フェリーニの映画「世にも怪奇な物語 悪魔の首飾り」を想起させます。
「木曽の旅人」
 『岡本綺堂集 青蛙堂鬼談』所収。感想文はそちらに。
「西瓜」
 友人の田舎に滞在する“わたし”は,西瓜をめぐる奇妙な話を聞く…
 前半と後半に分けられ,「西瓜」をめぐるふたつのエピソードが描かれています。前半は,西瓜が女の生首に見えるという,どこか「狐狸譚」を想わせる内容ながら,その「出所」をめぐって,得体の知れない不気味さを醸し出しています。後半は,オーソドクスな因果譚ではありますが,友人が見る「幻影」を挿入することで,幻想的な雰囲気を生みだしているところが,持ち味となっています。
「鴛鴦鏡(おしどりかがみ)」
 夜更けに不審な行動を取る男を見つけた警官は…
 この作者の作品には,骨格は「理」に収まりながら,そこに「理外」が含み込まれるというスタイルが,ときおり見られます。本編のそのひとつ。三角関係をめぐる悲劇に登場する「鴛鴦鏡」,それが何を意味するかは,読者次第なのでしょう。
「鐘ヶ淵」
 『怪奇・伝奇時代小説選集15』所収。感想文はそちらに。
「指輪一つ」
 大震災直後の東京へ向かう列車の中,“わたし”はひとりの男と出会い…
 「悪意」と「善意」,両者を結ぶ「不可思議」…関東大震災という未曾有の災害が舞台だからこそ,「そんなこともあるかも?」と想わせます。
「白髪鬼」
 弁護士試験のたびに現れる白い髪の女の幽霊とは…
 ひとりの女の妄執が,時間を超え,「因」と「果」さえも逆転させるという,ある種の「時間怪談」と呼んでもいいのでしょうか? ところでこの作品,高橋葉介「白髪の女」というタイトルでマンガ化しています(『夢幻外伝 夜の劇場』所収)。原作を読むと,この作品の「ツボ」を,画像化するのに苦労している気配がしのばれます。
「離魂病」
 男は,妹と瓜二つの女を,二度ならず三度まで見るが…
 今で言えばドッペルゲンガーのお話。それを見た人間は死んでしまうという設定も同じですから,もしかすると翻案なのかもしれません。ただ作中に出てくる「奥州咄」という本は実在するようですが,どうやら別物と想われます。
「海亀」
 妹急死の報に帰省した兄が聞いた,死の真相とは…
 お盆に海に出てはいけないという土俗的な信仰をベースにしていますが,この作者にしては,けっこうグロテスクなイメージを持った作品です。
「百物語」
 秋の夜長,百物語をはじめた武士たちが“見た”ものとは…
 本編の面白味は,「幽霊」の造形でしょう。はじめ「幽霊」とされ,それが「実体(死体)」と想われるようになったのち,ふたたび「幽霊」となる。もしかすると「人」と「霊」との関係とはそんなものなのかもしれません。
「妖婆」
 雪の降る夜,ひとりの老婆が路傍に座っていた…
 ささいな一言が,親友同士を争わせ,ともに死へと追いやってしまう…「魔」と呼ばれるもののの本当の「怖さ」とは,物理的な力よりも,そんなところにあるのではないかと思います。なお本編はアンソロジィ『雪女のキス』にも収録されています。

05/05/04読了

go back to "Novel's Room"