井上雅彦監修『雪女のキス 異形コレクション綺賓館II』カッパノベルス 2000年

 「見れば,女の目が,ぞっとするほど怖ろしい。しかし,その顔は,ひじょうに美しいのである」(本書 小泉八雲「雪おんな」より)

 古典(「スタンダード」)と書き下ろし新作(「オリジナル」)とをミックスさせた,ユニークなアンソロジィの第2弾です。ですが,残念ながら,第1弾『十月のカーニヴァル』は未見です(それにしても「オリジナル」の作家さんには,酷な企画ですねぇ)。
 本書のテーマは「雪女」。日本の伝統的な怪談であるとともに,現在でもさまざまな作家さんのインスピレーションを刺激する魅力的な素材です(タイトルは,映画『蜘蛛女のキス』のパロディでしょうね)。
 スタンダード・オリジナル各11編,計22編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

小泉八雲「雪おんな」
 茂作と巳之吉は,雪山の小屋で一晩過ごすことになり…
 スタンダード中のスタンダード,現在の「雪女」のイメージの多くは,この作品に負っていると言ってもけっして過言にはならないでしょう。今回,久方ぶりに再読して,ディテールにいくつか記憶違いがあることに気づき,かえって新鮮に感じられました。
坪谷京子「空知川の雪おんな」
 故郷に許嫁を残す吾平が,雪の中で出逢った女とは…
 作者は,北海道の民話の採集者とのこと。この作品は,そんな民話のひとつなのでしょうか,それとも作者の脚色がかなり入っているのでしょうか,気になるところです。ラストは離れた恋人同士の哀しい恋の結末を示唆していますが,そう考えると,男が抱いていたのものの正体はなにか? という,不可解さが残り,どこか不気味さが漂います。
岡本綺堂「妖婆」
 雪降る中,歌留多会へ向かう途中,堀口は道脇に座る老婆の姿に気づき…
 この作家さんの「怪談」の特色は,原因や理由をいっさい明示せず,「怪異」を「怪異」として,ポンと読者の前に投げ出すことにあります。そして,その怪異を,流麗な文章で鮮烈に,ときに凄惨なまでに妖しくも美しいイメージとして昇華させる点にあります。
山田風太郎「雪女」
 “私”の曾祖父が描いた「雪女」の絵には,奇怪な因縁話がつきまとい…
 「怪異」と「理」とを上手にミックスした作品です。そのミステリ部分のツイストが凝っているとともに,なおかつ,エンディングに「怪異」の余情をもたせるところもグッドです。
皆川博子「雪女郎」
 「雪女郎の子ども! 化け物の子ども!」…そう罵られ,いじめられて彼は育った…
 現実と夢,現在と記憶−それらがもつれ合い,入り交じり,溶け合う幻想的な時空間・・・この作者の十八番ともいうべき手法を用いた一編。さらに,雪の白の中に,藍の青と血の赤とが,さながら点景のように描き込まれる視覚的なイメージも鮮やかです。
竹田真砂子「雪女臈」
 若手の女形・伊藤小太夫は,さえない飲み屋で,不思議な光景を目にし…
 とにかくラストの一文が見事。肉体的に感じられる「冷ややかさ」と,精神的なそれを絶妙に融合させたラストが,なんともいえません。
高木彬光「雪おんな」
 桔梗屋のひとり娘・お袖が,雪女にさらわれた。岡っ引き・千両文七の推理は…
 トリックそのものは,クラシカルとしか言いようがありませんが,それをはめ込んでいるプロットが上手ですし,そして語り口の軽妙さが,ストーリィ展開にほどよいリズムを与えていて,サクサクと読めます。
中井紀夫「バスタブの湯」
 新しく店に入ったホステスの美由紀。彼女と寝た正樹の身体には異変が…
 「死を呼ぶセックス」という,エロチック&グロテスクな物語が,悲劇的な結末へと転ずるところは,もしかすると「異形と人間との恋」が持つ本質的な「哀しさ」のようなものを表しているのかもしれません。
久美沙織「涼しいのがお好き?」
 暑がりの夫と寒がりの妻。夫にうんざりとした妻は,女性誌の広告に出ていた「クールレディ」を手に入れ…
 文体もスタイルも設定も,まったくといっていいほど違うにもかかわらず,坂東眞砂子『山妣(やまはは)』を連想したのは,民話や伝説にしばしば見られる「異形」と「女性」という不当な結びつきに対する,女性からの異議申し立てという共通項があるからかもしれません。
矢崎存美「冷蔵庫の中で」
 引っ越した先の,もらい物の冷蔵庫。その中には少女がいた…
 ネット上で『ぶたぶた』が好評のようですが,わたしは初見です。かなりヘヴィな内容を扱いながらも,柔らかな文体で描かれる世界は,巧みに哀しみを漂わせています。関係ないですが,子どもの頃に,ゴミ捨て場に捨てられた冷蔵庫に,子どもが閉じこめられるという事故が多発したことを思い出しました。
安土萌「深い窓」
 少年は「深い窓」の向こうに,少女の姿を見つけ…
 幻想的で,エロチックで,残酷な童話のような作品です。少女の最後の「哄笑」に,人間とは相容れぬ魔性がもつ「異質さ」が象徴されているように思います。
阿刀田高「雪うぶめ」
 20年前の雪の夜,突然の地震で潰れた家の下で彼が見つけたものは…
 おぞましく猟奇的なネタを描きながらも,なぜか,グロテスクな感じがしないのは,ひとえにこの作者の淡々とした,ちょっと「離れた視線」で描かれた文体のせいでしょうか。「うぶめ凧」が空を埋める悽愴なイメージと,エンディングの「足払い」の巧みさは,やはり見事です。
藤川圭介「ゆきおんな」
 秋子の元に届いた一通の招待状。それは雪山のホテルの宿泊券だった…
 往年の特撮ドラマ『怪奇大作戦』のシナリオです。う〜む・・・懐かしい。『ウルトラQ』とともに,後年のわたしの読書嗜好にかなりの影響を与えた作品だけに,かすかにおつむに残る映像を思い浮かべながら読みました。やはりクライマクスの,山岳をバックにした巨大雪女のイメージは鮮烈ですね。ただドラマを見ていない読者には,ちょっと退屈かも^^;;
菅浩江「雪音」
 雪降る中,重い心を抱えての帰途,“私”はひとりの女性と出会う…
 理想といえば聞こえはいいですが,ときにそれは偏狭な自意識の現れでしかない場合もあります。その自意識に囚われ,あったかもしれない別の選択肢を選べなかった主人公の姿は,「怖い」というより,痛々しく哀しいものが感じられます。幻想的な手法で描く残酷さは,この作者の十八番なのでしょう。
宮部みゆき「雪ン子」
 20年前,友だちの少女が死んだ街を訪れた“わたし”が見出したものは…
 幽霊とは人間の心が産みだしたものだとするならば,それはまた逆に人の心を写し出す鏡のようなものなのかもしれません。それゆえ,幽霊さえも見えない心とは,どこまで哀しく,救いさえも求め得ないほど寂しいものなのでしょう。
加門七海「雪」
 病院のベッドの上で,舞台用の“雪”を黙々と切り続ける“彼”は,ひとりの女と出逢う…
 伝説の中で語られることのない,雪女の子どもたちの行く末。異形の血を引き,母親のいない家庭で育つであろう彼らの人生に想いをはせるとき,そこには新しい,そしておそらくより哀しく,せつない「物語」が生み出されるのでしょう。そんな「子ども」の「その後」と,主人公の行き場のない孤独感・無力感を上手に重ね合わせた幻想的な作品です。

01/01/18読了

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