志村有弘編『怪奇・伝奇時代小説選集1』春陽文庫 1999年

 記念すべきシリーズ第1集。刊行年を見るとわずか2年前。このシリーズ,2001年1月現在で,たしか15集まで出ているんですよね。すごいペースで出版されていることに,改めて気づかされます。
 計10編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

多岐流太郎「幻法ダビデの星」
 島原で乱を起こした切支丹軍に潜入した絵師の目的は…
 島原の乱を舞台にした作品です。全編に横溢する凄惨さとエロチシズム,SFX映像を彷彿させる幻法のシーン,酷薄なキャラクタ設定,歴史上かけ離れた事件を巧みに結び合わせた伝奇的エンディングなどなど,とても1961年初出の作品とは思えません。いや,それは失礼でしょう。むしろ現在,席巻する伝奇小説の淵源は,思ったよりもずっと昔に遡れるということなのでしょう。本集で一番楽しめました。
九鬼澹「天保怪異競」
 人形師の泉目吉は,両国の興行師から見世物用の人形を作るよう依頼されるが…
 「人形怪談かな?」と思って読み始めましたが,スーパーナチュラルな怪異は登場しません。幕末に流行したといわれる「生き人形」を素材にした因縁譚といったところでしょうか。主人公泉目吉は,高橋克彦『ドールズ』でも取り上げられており,前から関心を持っていたので,彼のキャラクタ造形が楽しめました。
岡本綺堂「水鬼」
 その“幽霊藻”に女性が触れると祟られるという…
 ひとりの薄幸の女性の復讐譚に,「幽霊藻」にまつわる奇怪な伝説を絡めて描いています。月のない田舎の夜道を歩く女が,さりげなく怖ろしい罪を告白するシーン,目の前を飛んでいく蛍一匹の幻想性(「なんだか人魂のようですね」という一言),女の枕元に座る官女の幽霊・・・要所要所に挿入されるイメージの鮮烈さが見事です。静謐であるがゆえに醸し出される「凄み」というものがあるようです。
岡本綺堂「水鬼続譚 清水の井」
 夜な夜な旧家の裏庭にある井戸をのぞき込む姉妹が見たものとは…
 タイトルにあるように「水鬼」の語り手が披露したもうひとつの怪異譚です。「水」と「鏡」という,相似た属性を持つふたつのもののイメージを巧妙に重ね合わせています。その因縁が明らかにされる際に仕掛けられたツイストが意表をつきます。
栗田信「猫に踊らされた男」
 生薬問屋・山善の店先に,首・手首・足首の切り落とされた死体が3つ,転がっていた…
 ショッキングなオープニングと,前半で描かれる捕物名人“鬼千”の推理は,さながら本格ミステリのような小気味よさがあります(セリフのテンポの良さも抜群)。そして後半,物語は怪談風に展開して,前半とのギャップにちょっと戸惑いますが,それを払拭するようなひねりの効いたラストの着地がいいですね。もしシリーズものならば,他の作品も読んでみたいものです。
風巻紘一「妖異きず丹波」
 罪人の残した一振りの刀。それは「キズ丹波」と呼ばれる名刀だった…
 怪奇ものの時代劇の定番「妖刀もの」であります。妖刀の由来そのものは,オーソドックスなものではありますが,それがどのように人手に渡るのか,どのような悲劇をもたらすのか,というプロットが上手ですね。無駄のない,コンパクトにまとまった作品です。

01/01/26読了

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