志村有弘編『怪奇・伝奇時代小説選集15』春陽文庫 2000年

 かなりのハイペースで刊行されていた本シリーズですが,この15集が出たあと,半年近く新刊が出ていないところを見ると,この巻で一段落といったところでしょうか。けっして派手ではありませんが,こういったメジャー,マイナー問わず丁寧に渉猟されたアンソロジィというのは,得がたいものがあります。
 気に入った作品についてコメントします。

岡本綺堂「鐘ヶ淵」
 将軍・吉宗の命で,鐘ヶ淵に沈むという鐘を探索した3人の侍は…
 “鐘ヶ淵”に鐘は沈んでいたのか,いなかったのか? 最後に潜った若い武士は,本当に鐘を見たのか,嘘をついたのか? 曖昧模糊とし,具体的に描かれていないにも関わらず,水中で鐘を間に挟んで争うふたりの武士の映像が深く脳裏に残ります。
岡本綺堂「兜」
 震災で家屋がすべて焼け落ちたにも関わらず,兜だけが邦原家に残った…
 「兜」をめぐる不可解な出来事を,淡々と描き出し,安直な「因果噺」に落とさないところが,まさに「綺堂怪談」の本領と言えましょう。
南條範夫「横尾城の白骨」
 山中に孤絶した横尾城に攻め入った武将たちが見たものとは…
 たとえ史実としては伝わっていなくても,「あったかもしれない歴史」あるいは「あったとしても,けっしておかしくない歴史」。この作品で描かれているのは,そんな戦国時代の一コマなのかもしれません。
霜川遠志「八方峠の怪」
 名古屋の舞台へ向かう役者・中村十蔵は,大雪に行く手を阻まれ…
 ネタ的にはクラシカルなものですが,旅回りの役者の執念と焦りとを丁寧に描き込み,そこに,ご存じ「播州皿屋敷」のお菊の祟りを重ね合わせることで,映像性豊かな怪異譚に仕上げています。
江本清「木像を孕む女体」
 その毘沙門天の木像には奇妙な縁起話がついていて…
 貧乏親父の肩を持つ毘沙門天像の,妙に俗っぽい性格が,作品にユーモアを与えています。「お,雪の肌,結構です」のセリフには苦笑させられます。
加納一郎「畸人の館」
 公儀隠密・大江連四郎は,人里離れた山中で,尾をはやした女を見る…
 西洋マッド・サイエンティストvs根来衆忍者との,この世ならぬバトルを描いています。けっこうエグイ描写とスピード感あふれる展開は,一時期,一世を風靡した夢枕獏菊地秀行などの「伝奇ヴァイオレンス」を彷彿とさせます。ミステリ作家として有名なこの作者,こういった作品も書いていたんですね。
芥川龍之介「藪の中」
 ひとりの男の死をめぐって,人々は語る…
 あまりに有名な「リドゥル・ストーリィ」です。この作品を読むとき,いつも舞台劇のようなイメージが浮かびます。真っ暗な舞台中央にスポット・ライト,その中に男の死体。その傍らにもうひとつスポット・ライトがあたり,最初の証言者。その証言が終わると,別の場所にスポット・ライト…つぎつぎと証言が語られ,最後に,中央の死体が起きあがり証言。すべてが終わると,舞台は漆黒の闇の中に消えていく…

01/06/03読了

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