早川書房編集部編『幻想と怪奇 1』ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1956年

 「予感を口に出したとなると,実現する危険があると覚悟せねばならぬようだ」(本書「柳」より)

 7編を収録したアンソロジィです。ハヤカワ文庫版の『1』とは,収録内容が違います。

シェリダン・レ・ファニュ「緑茶」
 ヘッセリウス医師は,ジェニングズ牧師から,奇怪な経験を聞き…
 だから緑茶をよく飲む日本人は,幽霊を見やすいのですね,などというしょうもないボケは置いておいて(笑),やはりストーリィの眼目は,「猿の幽霊」によって,苛立ち,さいなまれ,追いつめられていく牧師の姿にあるのでしょう。とくに最初に「猿」が登場するシーン,真っ暗な馬車の中に光るふたつの赤い眼,ステッキの先がすり抜けていくときの感触などなど,その臨場感あふれる描写には,卓抜なものがあります。語り手が医師という設定のため,牧師の経験をなんやかやと「理」の中に押し込もうとするのですが,それが,どこか「後知恵」ないしは「言い訳」のように感じられるのは,わたしだけでしょうか?
F・マリオン・クローフォード「上段寝台」
 『世界怪談名作集』(河出文庫)および『ロアルド・ダールの幽霊物語』(ハヤカワ文庫)に,それぞれ「上床(アッパーズ)」「上段寝台」というタイトルで収録されています。感想文は(めずらしく)両方に書いています。
J・D・ベレスフォード「人間嫌い」
 『怪奇小説傑作集2』(創元推理文庫)に同タイトルで収録。感想文はそちらに。
ロバート・ヒチェンズ「魅入られたギルディア教授」
 ある夜,“なにか”が自宅に入ってきて居座っていると,ギルディア教授は主張する…
 作中に「天罰」というセリフが出てきますが,むしろ,核心は,オカルティックなストーカーによる不条理な恐怖−なぜギルディア教授は気に入られたのか? “愛された”のか?がまったく不明な不条理性にこそあるのでしょう。そういった意味で,因果応報譚を脱した現代的な恐怖譚とも言えましょう。またオウムを使って,“なにか”の存在を感知する発想もおもしろいですね。よく犬や猫が,「なにもいないところ」に向かって吠えたてるという話を思い出させます。
E・F・ベンスン「アムワース夫人」
 イギリスの平和な田舎町を,突如襲った恐怖とは…
 吸血鬼譚の「お約束」を丁寧に踏襲した,じつにクラシカルな作品です。アンソロジィ『ヴァンパイア・コレクション』に見られるように,吸血鬼モチーフが多様化している現代においては,かえって「原点回帰」的な新鮮さが感じられます。
アルジャノン・ブラックウッド「柳」
 ダニューヴ河をカヌーで下る“わたし”たちは,みず柳が茂る砂洲で夜を過ごすことに…
 ポイントは,やはり,舞台が「砂洲」だということでしょう。河によって産み出され,河によって削られ消えていく,不安定で刹那的な砂洲だからこそ,主人公たちが言う「この世」と「この世ならざるもの」との接点にふさわしいのでしょう。視覚,聴覚,触覚といった,さまざまな感覚を媒介として恐怖感を盛り上げていくところは,さすがに怪奇小説の大家と呼ぶにふさわしい技量といえましょう。
マーティン・アームストロング「パイプをすう男」
 “私”が雨宿りに入った家で,その主人が語ることには…
 家の主人の「正体」については,「すれた読者」からすれば,すぐに見当がつくのですが,注目すべきは,怪異の出現の仕方とその展開のユニークさでしょう。日常的な光景からの,わずかな,しかし決定的な逸脱というのは,個人的に「ツボ」です。

04/05/16読了

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