岡本綺堂編『世界怪談名作集 上・下』河出文庫 1987年

 上下巻あわせて17編を収録したアンソロジィです。初版は1929年,そのときの序文ですでに「その多数がクラシカルに傾いた」と編者が記すわけですから,クラシックもクラシック,あの手この手で驚かせよう,怖がらせようとするモダン・ホラーに慣れた目からすれば,ややショック性に乏しいことは否めませんが,それでもさまざまなタイプの「怪談」が収録されている点は,怪談の名手としての編者の見識の高さを示すものといえましょう。
 気に入った作品についてコメントします。

リットン「貸家」
 奇怪な噂のある貸家に一晩泊まることになった“わたし”が見たものは…
 「幽霊屋敷」ものです。「真相」については,魔術的とも,科学的とも言えるような19世紀的テイストですが,なんと言ってもこの作品の魅力は,その映像性でしょう。埃の積もった床に現れる子どもの足跡,主人公が幻視する過去の光景,青白い光などなど,映画を見るような雰囲気があります。
ゴーチェ「クラリモンド」
 僧侶になったばかりの若い“わたし”は,ひとりの女に惚れ込んでしまい…
 「魔性の女」あるいは「魔女」ものでしょう。この作品のユニークさは,主人公の“わたし”が,昼は敬虔な僧侶として暮らしながら,夜の夢の中では享楽的な男して過ごすという「二重生活」を送るという点にあるでしょう。互いに裏切りあう「ふたつの“顔”」は,どこか『ジキルとハイド』を思い起こさせ,単なる「魔女による堕落」というステレオ・タイプのお話とはひと味違っています。
ディッケンズ「信号手」
 偶然知り合った信号手には,奇妙な屈託が見られ…
 信号手が語ったことは,彼が産み出した妄想なのか? それともやはり彼が主張するように“幽霊”なのか? 奇怪とは言え単なる暗合なのか? 核心はあくまで不分明ながらも,中途に挿入されたエピソードがラストできれいにはめ込まれ,きっちりと構成された作品です。
ホーソーン「ラッパチーニの娘」
 中庭に育つさまざまな植物。そこには美しくも恐ろしい娘が住んでいた…
 「マッド・サイエンティスト」ものというか,「SFバイオ・ホラー」ものというか…もう少し,ベアトリーチェが「そうなった」仕組みのようなものもほしかったところですが,こういった古典的な怪談集の中で出逢うと,なんだかすごく新鮮ですね。
キップリング「幻の人力車」
 不倫相手を冷たく捨てた男の前に,その死霊が現れ…
 物語の構造そのものは,不実な男が災厄に襲われるという典型的な因果応報譚ではありますが,語り手を一人称にすることで,主人公が,自業自得ながら,しだいしだいに追い込まれていくところは,真綿で首を絞められるような緊張感がありますね。
クラウフォード「上床(アッパーバース)」
 カムチャッカ号の105号船室。その上床に潜むものは…
 宿泊者が立て続けに行方不明になるという「呪われた船室」をモチーフとした作品です。一種の「海洋怪談」とも言えましょう。ありがちな設定とはいえ,主人公が最初にモンスタを目撃する「前振り」の巧みさ,主人公と船長とが,「上床」に潜むモンスタと格闘するクライマクス・シーンの緊迫感など,どこか現代のSFX映画を彷彿させるものがあります。
アンドレーフ「ラザルス」
 死の世界から蘇ったラザルス。彼に出逢うものは生の喜びを失い…
 ラザルスとは,『新約聖書』の中に出てくるラザロのことのようです。『聖書』では,勝手に蘇らせたイエスの奇跡ばかりが称揚されますが,蘇ったラザルスのことには触れていないようです。死から蘇るという奇跡,つまり「死を知ってしまう」ということは,本人にとっても周囲にとっても,必ずしも「祝福」ではないようです。
マクドナルド「鏡中の美女」
 骨董屋で手に入れた1枚の鏡には,いるはずのない女の姿が映し出され…
 呪いのために鏡の中に「閉じこめられた」美女,その美女を偶然見知り,恋をする主人公…ヒロイック・ファンタジィ的な素材の作品で,そのあたりに面白味は感じられるんですが,やはりストーリィ展開の古拙さは,ちと物足りません。描き方次第では,もっとドラマチックになりそうなんですが…

02/07/07読了

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