ピーター・ヘイニング編『ヴァンパイア・コレクション』角川文庫 1999年

 タイトルからもわかりますように「吸血鬼」をテーマにしたアンソロジィです。本書は3部構成になっていて,「I 古典的吸血鬼」では,「吸血鬼」のイメージを決定づけたブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』に先行する,あるいは別の流れの「吸血鬼」作品を6編集めています。その中には「シリーズ物としてはまちがいなくもっとも早い時期に書かれた吸血鬼物語」も含まれていて,きっと「吸血鬼マニア」の方には嬉しいものなのでしょう。
 「II フィルムの中の吸血鬼たち」は,舞台化あるいは映像化された「吸血鬼」のノベライゼイションや原作6編よりなります。「吸血鬼」というイメージの形成が,文章だけでなく映像によっても大きく影響されていることに対する配慮とも言えましょう。ここにはスティーヴン・キング『呪われた町』の後日談ともいうべき「新・死霊伝説」が入っていることから,本書は「スティーヴン・キング他著」となっています。最近,このパターンが多くて,わたしとしてはちょっと食傷気味ですね。
 「III 現代に蘇るヴァンパイアたち」は,現代作家によるさまざまなタイプの吸血鬼作品を8編収録しています。コメディあり,サイコあり,スプラッタあり,といろいろな趣向が楽しめます。スタージョンゼラズニィなどの名前があるのに,ちょっと驚きました。
 気に入った作品についてコメントします。

アレクサンドル・デュマ&ポール・ボカージ「蒼白の貴婦人」
 カルパティア山中で山賊に襲われた“わたし”が見たものは…
 山の奥深くに建つ古城,相憎み合う腹違いの兄弟,その狭間で翻弄される女性主人公,そして彼女を襲う吸血鬼の恐怖… う〜む,いいですねぇ,こういったゴシック風のホラーは。けして刺激的な物語というわけではありませんが,大時代的な会話や持って回った言い回しなど,はるけき前世紀の雰囲気がじんわりと伝わってきます(ま,じっさいに前世紀を知っているわけではありませんが(^^ゞ)。それにしても,やっぱりこの時代の女性って,すぐ失神するんですね(笑)。
フランク・ノリス「ソーホールの土地のグレッティル」
 ソーホールの住むアイスランドの荒野,そこで夜な夜な不気味な吸血鬼が徘徊し…
 後半から登場するグレッティルという主人公は,この作品で読む限り,なにか有名な人(キャラクタ?)なのかもしれません。そのシリーズもののワン・エピソードといった感じの作品です。雪の中から消えた死体や,嵐の中,ソーホールの家を襲う吸血鬼,グレッティルと吸血鬼との肉弾戦など,映像的な描写に溢れていて,迫力があります。単なる「勧善懲悪」に終わらないエンディングもいいですね。
モーリー・ロバーツ「血の呪物」
 瀕死の人類学者は,ライバルに恐るべき呪物を送るよう手配し…
 アフリカ生まれの吸血鬼です。最初に鼠が,次に猫,そして・・・という展開は,オーソドックスながら,じわじわと恐怖を盛り上げています。でもなんでこういう結末なんでしょう?
ピーター・トリメイン「夜の悪魔」
 結婚を間近に控えた幸福なフランクとキャサリン。しかしアルカード伯爵が彼らの目の前に現れたときから…
 もう「お約束」のようなほど,映画的ドラキュラの典型であります。スピーディな展開もじつに映画的ですしね。でも一番怖いのはドラキュラ(「アルカード」は「ドラキュラ」のアナグラム)ではなく,キャサリンのような気がします^^;;
マリリン・ロス「ダーク・シャドウズ」
 吸血鬼バーナバス・コリンズのもとを訪れた女性医師ジュリア・ホフマン博士は,「あなたを治療する」と告げ…
 アメリカのテレビ番組『ダーク・シャドウズ』のなかの1編のようです。吸血鬼と人間の女性とのラヴ・ロマンスを抑制のきいたタッチで描き出しています。ラストの吸血鬼の愛の告白シーンが,古い恋愛映画のようにきれいでロマンチックです。
クライヴ・シンクレア「ヴラド伯父さん」
 「ドラキュラ」のモデルとなったヴラド伯爵の血を引く一族が,年に一度開くパーティで,“私”は彼女に出会った…
 タイトルや筋運びから,「不気味さ」の焦点を「ヴラド伯父さん」に当てているように読者を誤導しながら,ショッキングなラストを用意しているところは巧みです。サイコなのか,ホラーなのか,そこらへん曖昧なエンディングもいいですね。どちらにしても怖いです。
シオドア・スタージョン「闇の間近で」
 貝細工の店を営むティナのもとに,奇妙な男が奇妙な依頼をしてきて…
 こういった作品を,この手の「ホラー・アンソロジィ」と銘打った本の中に潜ませるのは,編者の策略なのでしょうかね? ホラー・タッチで進んでいたストーリィが,ラストでパタパタと,さながらドミノ倒しのごとくミステリへと転じるところは,じつに小気味よいです。むしろ最後の最後は,かえって不要かもしれません。
ジャック・シャーキー「ドラキュラ――真実の物語」
 ドラキュラによって城の一室に閉じこめられたジョナサン・ハーカーは,逃亡のため窮余の一策を思いつき…
 このアンソロジィには,ウッディ・アレン「ドラキュラ伯爵」ウィリアム・F・ノーラン「死にたい」といったパロディも何作かおさめられていますが,これもその中の1作。ラストで思わず吹き出してしまいました。

98/04/11読了

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