ロアルド・ダール編『ロアルド・ダールの幽霊物語』ハヤカワ文庫 1988年

 「ここは死んでない死人のいるところ,生きてないけど生きている人間のいるとこだ。わたしゃ生きとるんだろうか,それとも死んどるんだろうか? 教えておくれよ。わたしにゃわからないんだ」(本書「ハリー」より)

 「まえがき」によれば,編者がTVのドラマ・シリーズのために集めた24編の“幽霊物語”のうち,14編をセレクトしたアンソロジィです(TVドラマの方はお蔵入りになってしまったそうです)。
 「幽霊物語」である以上,「幽霊」がメイン・モチーフになるわけですが,読んでいて,おおまかふたつのタイプに分けられるのではないかと思いました。ひとつは,「幽霊」を真っ正面から描く,いわばオーソドックスな幽霊譚,もうひとつは,登場人物のうち,「誰が幽霊か?」を隠しておいて,ラストで正体を明かすサプライズ・エンディング・タイプのストーリィです。どちらもそれぞれに味わいがありますが,個人的には(うまくいった場合の)後者の方が印象に残りますね。
 気に入った作品についてコメントします。

ローズマリー・ティンバリー「ハリー」
 娘のクリスに“空想の友人”ハリーができた。しかし母親の“わたし”には,ハリーがどうしても空想とは思えず…
 「空想の友人」と幽霊ネタは比較的見受けられる結びつきではありますが,少女を養子と設定することで,コンパクトな因縁譚に仕上げています。冒頭の一文をラストで繰り返すことで,じんわりとした恐怖を盛り上げていて,効果的です。
シンシア・アスキス「街角の店」
 “私”が訪れた,姉妹の経営する居心地のいい骨董屋。ところが二度目に訪れたとき,奇妙な老人が店番をしており…
 どこかキリスト教的な教訓を含んでいて,途中まで,いまひとつ「乗れない」感じもあったのですが,巧みなミス・リーディングでラストのツイストがじつに鮮やかです。本作品集では一番楽しめました。
ローズマリー・ティンバリー「クリスマスの出会い」
 はじめてひとりで過ごすクリスマスの夜,彼女のもとにひとりの男が訪ねてきて…
 本アンソロジィで,唯一2編を収録されている作家さんです。これまたすっきりとコンパクトにまとまった佳品です。井上雅彦のいまだ編まれざる『時間怪談傑作選』の一編と書いてしまうとネタばれかな?
A・M・バレイジ「遊び相手」
 引き取った孤児・モニカは,屋敷の中に遊び相手がいるという…
 「空想の友人」と古典的な「幽霊屋敷」とを結びつけた1編。作品そのものはオーソドックスではありますが,ラストの主人公の行為が,どこかせつない,もの悲しさを感じさせます。
ロバート・エイクマン「鳴りひびく鐘の町」
 新婚旅行で訪れた海辺の小さな町。そこでは街中の教会の鐘が鳴り響いており…
 もしこの作品をドラマ化したら,なんとも騒々しい作品になるでしょうね(笑)。そんな尽きることのない鐘の音に囲まれた中に登場する謎めいたエキセントリックなキャラクタが,グロテスクな雰囲気を醸し出しています。死者の踊りに取り込まれた新妻にどのような変化が訪れたのか? を想像させるラストが不気味です。
J・シェリダン・レ・ファニュ「手の幽霊」
 “かわら屋敷”に住むことになったプロッサー夫婦。そこで彼らが見た者は…
 曰くありげな古い洋館で起こる幽霊譚。まさにこの作者らしい,オールド・ファッションな作品です。短い物語なので,回りくどい文章がそれほど苦にならずに読めました。幽霊が「手」だけを見せる,という視覚的イメージがいいですね。
Ex-プライベート・X「落ち葉を掃く人」
 頑固な老婦人ミス・ランゲイトには,乞食に惜しみなく食べ物や金を施すという奇妙な習慣があり…
 「夜中に聞こえる落ち葉を掃く音」という,想像すると,かなり不気味なイメージを効果的に用いています。昼間聞けば平凡すぎるほどの音だからこそ,より不気味さが増すのでしょう。「なぜミス・ランゲイトは無条件に乞食に施しを与えるのか?」という謎と,「落ち葉を掃く音との関係は?」という謎とがストーリィの牽引力になっていて,サクサク読んでいけます。
F・マリオン・クリフォード「上段寝台」
 “わたし”が乗船したカムチャッカ号105号船室では,過去3人の自殺者が出ているという…
 ゴースト・ストーリィといえば,海を舞台にした幽霊譚をはずすわけにはいかないでしょう。本集に収録されているもう1編の海洋怪異譚「エリアスとドラウグ」もそうですが,海の幽霊というのは,陸の幽霊に比べるとアグレッシブのようですね。クライマックスでの,主人公と幽霊(?)との対決は緊張感があって楽しめました。

98/06/25読了

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