仁賀克雄編『幻想と怪奇 1』ハヤカワ文庫 1975年

 懐かしの古典的アンソロジィです。創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』が「古典中の古典」を集めているのに対し,こちらはより「現代風」の作品が多いようです。久しぶりの再読です(古本屋さんで見つけて,速攻で購入しました(笑))。レイ・ブラッドベリ,オーガスト・ダーレス,ロバート・ブロック,フィリップ・K・ディックなどなど,そうそうたるメンバーが並んでいます。

オーガスト・ダーレス「淋しい場所」
 その「淋しい場所」のせいで,“わたし”は人を殺すことになった…
 今のように街灯も整備されておらず,24時間営業の店もなかった時代,子どもにとっての「夜の道」ほど怖いものはなかったかもしれません。その恐れる心を描き出しつつ,巧みにスーパーナチュラルな恐怖へと繋げています。
ロバート・ブロック「ポオ蒐集家」
 三代に渡ってエドガー・アラン・ポオに取り憑かれた男の末路は…
 冒頭の「解説」にあるように,「アッシャー家の崩壊」のパロディですが,マニア心の行き着いた恐るべき状況が,ポオを模倣した(今から見ると)大仰な文体でじんわりと描き出しています。「病膏肓にいたる」ってヤツですね(笑)
レイ・ブラッドベリ「女」
 海に芽生えた意識…それは「女」そのものだった…
 ひとりの男をめぐる女と「海」との奇怪な三角関係が描かれています。たとえ超常的なものを認めなくても,「女」は自分に敵対するもの−とくに男をめぐって敵対するものを本能的に感じ取るのかもしれません。ラストの「海」の気持ちも,どこか「無邪気な悪女」を連想させます。
パトリシア・ハイスミス「すっぽん」
 いつまでもヴィクターを子ども扱いにする母親が買ってきたのは,すっぽんだった…
 相手に対するイメージの食い違い,それが人間関係がもたらす悲劇のひとつの要因なのでしょう。そんな,母親と息子とのコミュニケーション・ギャップが,ヒリヒリと伝わってくる作品です。熱湯の中で悶死するすっぽんの姿こそ,ヴィクター自身の「来るべき将来」だったのかもしれません。
J・マーチン・リーイ「アムンゼンの天幕」
 南極極点付近にはられたテント。そこに残されていたのは男の生首と奇怪な手記だった…
 H・P・ラヴクラフトにも「狂気の山脈にて」という作品がありますように,南極というのは,一時期,「最後の秘境」として作家さんたちのイマジネーションを刺激したのかもしれません。手記という体裁による古典的な怪奇小説・・・やはり好きですね(笑)
ロバート・シェクリイ「夢売ります」
 全財産と10年の寿命とを引き替えにして,思うままに「夢」が買えるという…
 「悪魔との契約」ネタのSFヴァージョンとも言えましょうか。「夢」というのは,つねに「現実」との関係の上にはじめて成り立つものなのでしょう。その関係性を巧みに利用して,意外で,そしてブラックな皮肉に満ちたエンディングへと導いています。
ジョン・グッドウィン「繭」
 蝶採集に熱中する少年が見つけた奇妙な芋虫は…
 「虫もの」です。ですが,さほどヌトヌトグチャグチャではないので,よかったです(笑) 作中に出てくる「わずかながら彼はいくらか神に似ていた」という言葉は,コレクタ,とくに生き物のコレクタの心性の一側面を突いているように思います。だとしたら,主人公を襲った災厄は,神を僭称した者に対する懲罰なのかもしれません。
リチャード・マシスン「二年前の蜜月」
 結婚して2年目,夫は妻に対する“感覚”を失っていく…
 妻に対するさまざまな感覚−味覚・臭覚・触覚などなど−が,次第次第に喪失していくというミステリアスでユニークな設定をすることによって,きわめてオーソドクスな素材を上手に「料理」しています。
チャールズ・ボーモント「無料の土」
 「無料」なものが大好きな男は,無料の墓地の土を大量に引き取るが…
 冒頭から主人公の悋気と欲深い性格を書き込むことで,「墓地の土を買う」という,ある意味,非常識な行為に,スムーズに結びつけています。その土地で植物が異常なスピードで育つというところは,その「理由」を想像すると不気味ですね。皮肉でグロテスクなラストもグッド。高橋葉介的なテイストを感じました。
デイヴィス・グラップ「あたしを信じて」
 ネルは,死んだ弟夫婦が残した娘の態度に苛立ちを深め…
 子どもの「幻の友だち」と人形怪談とをミックスさせた作品です。子ども心を許さない不寛容な心がもたらす悲劇の物語とも読めます。
フィリップ・K・ディック「植民地」
 一見,無害に見えたその惑星には,恐るべき生物が潜んでいた…
 「見慣れたもの」が「見知らぬもの」へと変わる恐怖という,ホラー小説の基本モチーフは,SF小説にとって,一種のインベーダものとして再生されているのかもしれません。クローズド・サークルに襲いかかる攻撃と,そこからの脱出という設定で,サスペンスを盛り上げています。
L・P・ハートリイ「エレベーターの人影」
 少年は,誰も乗っていないエレベーターに,たしかに人影を見た…
 少年のエレベータに対する憧れと恐れの入り交じった心情を,上手に描き出しています。おそらくエレベータが,現在ほど普及していない時代に書かれたのでしょう。その初頭から,エレベータの持つ「密閉性」は,やはり作家のインスピレーションを刺激するものなのでしょう。
ジョン・クリストファー「はやぶさの孤島」
 婚約者を事故で失ったアンジェラを訪れた男の真意は…
 紳士然としていた男が,みずからの島を案内する過程で,次第次第にその隠された狂気を露わにしていくところは,今でいうサイコ・サスペンスのフォーマットと言えましょう。最後で「真相」が明らかにされるところも伏線がうまいですし,主人公の思わぬ行動とそれがもたらす反転も巧いですね。本集中,一番楽しめました。
カール・ジャコビ「水槽」
 女性画家が引っ越した借家には,巨大な水槽が残されていた…
 図書室の中の巨大水槽というミスマッチがもたらす奇怪さ,その所有者の生前の不気味な言動,その“影”に取り憑かれていく登場人物・・・まさに,ホラーと呼ぶより「怪奇小説」という名がふさわしい古典的な作品です。忌まわしい由来を持った古書名を持ち出すところは,ラヴクラフト的手法を感じさせます。

01/10/19読了

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