ジョン・コリアー他『怪奇小説傑作集2』創元推理文庫 1969年

 「その恐怖のすべては,わたしが,どういう恐怖なのか,ぜったいに知ることができないという事実の中にあるのだ…」(本書「人間嫌い」より)

 あまりに有名なホラー小説のアンソロジィ・シリーズの第2集。既読作品ではありますが,掲示板にて話題になったのを機に読み返してみたところ,やはりおもしろいですね。14編を収録しています。

L・P・ハートリイ 「ポドロ島」
 ポドロ島で“わたし”たちは,哀れな野良猫を見かけるが…
 「殺すもの」と「殺されるもの」とが反転する皮肉を,島に住む得体の知れないモンスタの不気味さを加味することで,鮮やかに描き出しています。
ジョン・コリアー「みどりの想い」
 マナリング氏が手に入れた奇妙な蘭の花…その正体は?
 普通の怪奇小説ならば,ラストに持って来るであろう「恐怖の核心」を,途中で明かし,むしろ「その後」の主人公の体験を描いているところが,「異色作家」と呼ばれる由縁なのかもしれません。
E・M・デラフィールド「帰ってきたソフィ・メイスン」
 彼の語った幽霊譚…だが,彼が本当に感じた恐怖とは幽霊ではなかった…
 因果応報を恐れなくなったとき,人間はより自由になるとともに,幽霊やモンスタ以上の「怪物」になったのかもしれません。初出年代は不明ですが,因果応報譚が崩壊したモダン・ホラーの先駆的作品なのかもしれません。
L・E・スミス「船を見ぬ島」
 船が難破し,奇怪な島に泳ぎ着いた男は…
 もしかして船乗りの間では,こんな伝説が囁かれているのかも?と思わせる作品です。設定自体もそうですが,140年もの長きに渡って生きる「夫婦」というキャラクタもまた,なんとも不気味です。
F・M・クロフォード「泣きさけぶどくろ」
 従兄が遺したひとつのどくろは,従兄が殺した彼の妻なのか…
 「好奇心は猫を殺す」と言いますが,「強がり」や「見栄」もまた,ときとして人を破滅へと追いやるのかもしれません。みずからの臆病さを否定したいがために,「パンドラの箱」を開けてしまった男の悲劇を,軽妙な語り口で描き出しています。
サキ「スレドニ・ヴァシュタール」
 後見人の叔母の目を盗んで,イタチを飼っている少年は…
 使われているアイテムこそ,現代ではレトロな感じがしますが,“イタチ”をさまざまなものに置き換えれば,現代の少年少女の鬱屈した心情に通じるものがあるように思えます。
フレデリック・マリヤット「人狼」
 山中に隠れ住む“ぼく”たち家族が迎えた新しい母親は…
 古くから「継母」というのは,つねにマイナス・イメージを付与されるものなのかもしれません。そのイメージに,ある種の「山中綺譚」を重ね合わせながら,アンタッチャブルな領域に触れてしまった家族の悲劇を描いています。
S・H・アダムズ「テーブルを前にした死骸」
 雪山で遭難したふたりの男たちを待ち受けていた運命は…
 「船を見ぬ島」が,船乗りの「伝説」だとすれば,こちらは山男たちの「伝説」なのでしょう。怪談を思わせる展開が,スルスルと「理」に落ちていくところが小気味よいですね。
ベン・ヘクト「恋がたき」
 有名な腹話術師が落魄した理由は…
 人と物との区別の付かなくなった腹話術師の行為を狂気と呼ぶことは容易いでしょう。しかし「物への執着」へが蔓延する世相において,その行き着く先を暗示しているようにも思えてしまうのは,うがちすぎでしょうか?
ヘンリイ・カットナー「住宅問題」
 間借りしている老人の布をかぶせた鳥籠…若夫婦はその中身が気になり…
 「開けてはいけない」と言われたにも関わらず開けてしまい,幸せが逃げていく,というのは,民話・伝説では定番のモチーフと言えましょう。「鶴の恩返し」しかり,「浦島太郎」しかり…それだけ禁忌を破りたいという衝動は,人間にとって普遍的なのかもしれません。
H・G・ウェルズ「卵形の水晶球」
 骨董屋が,どうしても売りたがらない水晶球の秘密とは…
 この作者らしいSF的奇想を核とした作品です。それとともに,「見る」ということは,同時に「見られる」ということでもある…そんな当たり前のことが,じつは本編の恐怖の核心になっている点も,おもしろいですね。
J・D・ベレスフォード「人間嫌い」
 その男が,人の住まない孤島に隠棲したわけは…
 自分自身に対する恐怖とは,封建的な身分制度から「自由」になった近代人が直面した,新たな不安と恐怖の形なのかもしれません。その「自分の知らない自分」が,男の何気ない行為によって暴露されてしまうというところも,着眼点としていいですね。「何気なさ」ゆえの不気味さとでも言えましょうか…
S・ローマー「チェリアピン」
 謎の男が“わたし”に示した精巧な“薔薇の花”。それに隠された秘密とは…
 ひとりの男の復讐劇と,そこから派生する奇怪な“科学技術”とを,奇妙な「語り」によって巧みに混ぜ合わせているところが,この作品の「ミソ」なのでしょう。
E・L・ホワイト「こびとの呪」
 ひとりの探検家を襲った奇病とは…
 今考えると,本物なのかどうかさだかではありませんが,「小さな乾し首」の写真が,雑誌の付録−「世界の怪奇」とかいった類の−に載っていたのを覚えています。もしかすると,そのへんが元ネタなのでは?などと思いました。

04/04/04読了

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