大瀧啓裕編『悪魔の夢 天使の溜息 ウィアードテイルズ傑作選』青心社 1980年

 『ホラー&ファンタシイ傑作選1』『同2』に先だって編集された,ホラー雑誌『ウィアードテイルズ』掲載作品のアンソロジィです。計10編を収録。巻末に編者による「作品解題」とともに,「<ウィアードテイルズ>小史」「文献目録」が収められています。

ハワード・フィリップ・ラヴクラフト「サルナスをみまった災厄」
 静かな湖畔に,1000年の長きにわたって栄えた都市サルナスは…
 「宇宙」と「太古」…この20世紀最大の怪奇作家といわれる人物をとらえたのは,おそらくこのふたつのモチーフだったのでしょう。そして両者が結びついたとき,壮大な「架空の歴史」としての「クトゥルフ神話」が,産み出されたのだと思います。
フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「チューリップの鉢」
 妻と息子に対する疑心暗鬼のうちに死んだ富豪の遺産の行方は…
 ミステリ者からすると,もうひとつ,ひねりのほしいところではありますが,行方不明の富豪の遺産,チューリップの鉢を持つ幽霊,といった謎が牽引力となり,テンポ良くストーリィを展開させていくところが楽しめます。
マンリイ・ウェイド・ウェルマン「謎の羊皮紙」
 『ウィアードテイルズ』最新号にはさまれていた1枚の羊皮紙には…
 「現実」と「虚構」との混交が産み出す恐怖を,巧みに描き出した好短編です。また,一介のホラー小説ファンが,気がつくと(あるいは「それゆえに」)人類の破滅を呼び込んでしまう危険に直面するという設定も,その現実と虚構の混交というモチーフにフィットしているように思えます。
エイブラム・メリット「森の乙女」
 一家族と森との“闘争”に巻き込まれた男は…
 日本人ゆえにか,あるいは近年の自然環境保護の高まりゆえにか,“森”に荷担したい気持ちがありながら,素直にそう思えない不気味さ−主人公を使って人殺しさせる“森”の不気味さを含んだ,一種独特の迫力を持った作品です。
ロバート・ブロック「僧院での饗宴」
 この作者の短編集『切り裂きジャックはあなたの友』「修道院の饗宴」という邦題で収録。感想文はそちらに。
クラーク・アシュトン・スミス「柳のある風景画」
 男は,困窮の末,愛して止まない風景画を売ることになった…
 素材は,古典的な「絵画怪談」ですが,中国を舞台にしている点が,アメリカ人にはエキゾチシズムを感じさせるのかもしれません。「なにがあったのだろう?」と思わせる余韻のあるラストがグッド。
アーサー・J・バークス「影のつどう部屋」
 “わたし”が案内されたそのホテルの一室には,奇妙な気配が漂い…
 ありがちな「ホテル怪談」風にはじまった物語は,主人公を案内したボーイが,じつは異形のものだったと明らかにされるところからギアを入れ替え,一気にラストまで走り抜きます。エロチックなテイストも加味しているあたり,いかにも「通俗ホラー」の常道ですが,このスピード感こそ,本編の「命」と言えましょう。
テネシー・ウィリアムズ「ニトクリスの復讐」
 兄のファラオを群衆によって殺された新女王ニトクリスの企んだ復讐とは…
 有名な戯曲『ガラスの動物園』の作者が,こういった雑誌に作品を発表していると知って,ちょっと驚きです。古代エジプトの伝説の女王ニトクリスを主人公とした,一種の架空伝承の創作とでも呼べましょうか。ちなみにニトクリスは,「ニトクリスの鏡」『タイタス・クロウの事件簿』所収)など,クトゥルフ神話に導入されています。
ジャック・スノー「夜の翼」
 彼は,窓辺に立って心を遠く飛翔させた…
 一種の「幽体離脱」を描いた幻想的な作品,かと思いきや,皮肉なラスト。戦前日本の「探偵小説」的な手触りのある作品です。
ロバート・E・ハワード「大地の妖蛆」
 この作者の短編集『黒の碑』所収。感想文はそちらに。

04/10/03読了

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