ロバート・E・ハワード『黒の碑−クトゥルー神話譚−』創元推理文庫 1991年

 「こいつらはそんなに忌まわしいものどもかい,そんなやつらに助力を頼むような人間に比べてもかい!」(本書「大地の妖蛆」より)

 『タイタス・クロウの事件簿』を読んで,久しぶりに再読です。ですが,じつは,最初に読んだときは,さほど楽しめませんでした(^^ゞ というのも,その頃は「クトゥルフ神話=ラヴクラフトの世界」というイメージがあり,この作者が描く世界−一種の「伝奇ヴァイオレンス・アクション」の世界−は,「ちょっと違うぞ」といった感じが強かったからでしょう。
 しかし今回改めて読み直してみると,こちら側の嗜好に幅が出たのか,単に節操がなくなったのか(笑),けっこう楽しめました。ラヴクラフトの「クトゥルフ神話」とは別に,この作者もまた独自の「クトゥルフ神話」を描こうとしていたのだな,という思いが強いですね。

 たとえば表題作「黒の碑」倉阪鬼一郎の「解説」によれば,ハワードの「神話」第1作)は,異端の研究者が,妖しげな書物を手がかりにしながら太古の恐怖の迷宮をたどっていくという,ラヴクラフト的なプロットを踏襲しながらも,「黒の碑」の麓で主人公が幻視する邪教のおどろおどろしい儀式の光景は,ラヴクフラトには見られない,ルナティックなヴァイオレンスとエロチシズムに満ちています。
 このようなテイストを,より鮮明に打ち出したのが,いずれと知れぬ太古や古代を舞台にした「妖蛆の谷」「闇の種族」「大地の妖蛆」でしょう。「妖蛆の谷」は,語り手みずからの前世であるニオルドと奇怪な「妖蛆」とのバトルを描いた冒険ファンタジィ的な作品であり,「闇の種族」もまた,現代の主人公が夢(?)の中で見た前世コナンの活躍を描いています。後者は,前世と現代とが巧みにリンクしている点,お話としてコンパクトにまとまっています。
 一方,「大地の妖蛆」は,最初から古代ローマ時代のブリテン島を舞台にしています。ローマの圧政に耐えかねた一部族の王ブランが,邪神の力を利用して執政官に復讐するという内容。大仰で時代がかった文章やセリフ回しは,けっして興を削ぐことはなく,むしろ舞台が古代というエキゾチシズムを上手に盛り上げています(その語り口はまさに「神話」「伝説」に近しいものと言えるかもしれません)。
 また「邪神」と「人間」という,圧倒的な「力」の差が生み出す絶望的な恐怖というラヴクラフト的神話とは異なり,主人公を「邪神を利用する人間」として設定したこと,それがもたらすおぞましさや不気味さをメインにすえたことは,数多くの「神話」の後継者に,ひとつの方向性を与えたものと評することもできるのではないでしょうか? 「邪神」と「人間」の間に「ワン・クッション」置くことによって,その是非はともあれ,「神話」のより広い広がりを可能にしたと言えるかもしれません。
 またアクション・シーンの多用は,ストーリィ展開にスピード感とスリルを与えています。「アッシュールパニバル王の火の石」は,中東の砂漠を舞台に,トレージャー・ハンターを主人公として,タイトルにある「火の石」をめぐる壮絶な争奪戦を描いてます。さらに恋人の弟を撃った相手を追う主人公が,森の中の「無人屋敷」で怪異に遭遇する「獣の影」は,マン・チェイスの緊迫感とスーパーナチュラルなホラーを巧みにブレンドしていますし,「鳩は地獄から来る」「老ガーフィールドの心臓」「屋上の怪物」「われ埋葬にあたわず」といった比較的オーソドクスな怪談にも,同様のスリルとサスペンスを加味しています。とくに「老ガーフィールド・・・」は,「獣の影」と同様,「荒くれ者」の作り出す無法で無骨な雰囲気に満ち,「西部劇」に通じるものも感じられます。

01/04/18読了

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