ロバート・ブロック『切り裂きジャックはあなたの友』ハヤカワ文庫 1979年

 「悪魔は悪魔だ。外面をいくら変装しようと,いつの時代においても,悪魔は悪魔である」(本書「呪いの蝋人形」より)

 14編を収録した短編集です。うち半分が戦後の作品,残り半分が戦前の『ウィアード・テイルズ』などに発表された作品です。そのため内容は多様で,また素材的にも,その「時代」に合わせたものが取り上げられているものもあります(「呪いの蝋人形」に出てくる「ヒットラー」とか)。
 気に入った作品についてコメントします。

「生き方の問題」
 トラブルのある家庭に,毒薬を配るセールスマンの真意は…
 読み終わってみれば,ありがちなストーリィなのですが,セールスマンの「売り口上」が苦笑を誘い,サクサク読ませた上で「ストン」と落とすところは巧いですね。
「タレント」
 孤児アンドリュウの物真似のうまさは,天性のものだった…
 ドキュメンタリ・タッチで描かれていくアンドリュウの半生。その淡々としたタッチの中に,彼の異常性が匂わされるところは,カタストロフへ向けての期待を高めています。またタッチとラストの意外性とのコントラストもいいですね。ところでこの邦題,原義通り,「才能」と訳した方が良かったのでは?
「安息に戻る」
 偶然見たホラー映画に主演していた俳優。その演技に思わず彼を引き抜いた“私”は…
 某テレビ局の資料室には,「放送できなかった心霊フィルム」が山ほど眠っているという,都市伝説を聞いたことがあります。映像という「虚」と「実」のはざまの存在こそ,そういった「何か」が宿るのにふさわしいメディアなのかもしれません。映像性たっぷりの本編は,ホラー映画という「虚の恐怖」に侵入してきた「実の恐怖」を描いています。
「かぶと虫」
 エジプトから帰国した考古学者ハートレイは,すっかり人が変わっており…
 素材としては,まさに古典中の古典「ミイラの呪い」であり,ストーリィ展開もクラシカルなものと言えましょう。しかし,スーパーナチュラルな「呪い」の実体化にあたっては,きわめてフィジカルな,現実的な手法を用いることで,生理的なおぞましさを醸し出すことに成功しています。
「呪いの蝋人形」
 警察署長選挙に立候補したウォンドウは,呪術で対立候補を殺そうとするが…
 多くの政治家が占星術師や占い師のアドヴァイスを受けているという,本当か嘘かわからない話を,ときおり目にします。ですから選挙とヴードゥー教の呪術という組み合わせは,けっしてミスマッチではないのかもしれません。「現実」のうちに事件を収束させようとする主人公たちを,嘲笑うかのようなエンディングは,まさにホラーの常道ですね。
「修道院の饗宴」
 嵐の山中,“私”が避難した修道院は,普通のそれとは異なり…
 ゴシック・ホラー的なシチュエーションながら,ラストにグロテスクなショッキング・シーンを配しているところは,すぐれて現代的な通俗ホラーと言えましょう。
「切り裂きジャックはあなたの友」
 「切り裂きジャックは生きている!」…“私”を訪ねてきたイギリス人は,そう断言した…
 本編の発想の元になっているのは,奇想天外なオカルチックなものですが,これを一種の「比喩」として見ると,けっこう怖いですよね。切り裂きジャックの「魂」は,姿を変え,形を変じながらも,現代まで受け継がれている…

03/04/13読了

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