ブライアン・ラムレイ『タイタス・クロウの事件簿』創元推理文庫 2001年

 「その種のことはたしかに世界史の開闢以前には実在していたともいわれる。だが現代へつながる文明の夜明けとともに,そうした暗黒の知識は消え去ったはずである」(本書「黒の召喚者」より)

 「事件簿」といっても,本文庫から出ている「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」のシリーズではありません(笑)。「クトゥルフ神話」をベースとしながら,オカルト探偵タイタス・クロウの活躍を描いた作品11編を収録した短編集です。

 わたしは,「クトゥルフ神話」の創始者H・P・ラヴクラフトの作品が好きで,創元推理文庫の「ラヴクラフト全集」は,ひととおり目を通していますが,本作品集に収められた諸短編は,「クトゥルフ神話」をベースにしながらも,ラヴクラフトの描き出そうとした世界とは,ちょうど正反対のベクトルを持っているように思えます。
 ラヴクラフトの「クトゥルフ神話」は,ちょうど,大海の中でシロナガスクジラに遭遇した小魚が感じるであろう恐怖を描いています。小魚は,この地球上最大の哺乳類の動物の全貌を見ることは,かなわないでしょう。しかし,クジラが泳ぐときに引き起こす水流に翻弄され,目の前に屹立する巨体に畏れおののき,運が悪ければクジラの胃液の中であえない最後を遂げるでしょう。クジラを「邪神」とすれば,人間は,この小魚に等しいものです。「邪神」を前にした人間の卑小さ,無力さが,ラヴクラフト作品の根底にあるように思います。
 そしてその描き方も,扉の隙間から「異界」を,ほんのわずか垣間見るといった体裁のものが多く,けっして体系的ではありません。「ほのめかし」や予兆にあふれた漠然としたところが多分に含まれています。しかしむしろ,その曖昧さが,ラヴクラフト作品の魅力のひとつになっていると思います。
 一方,この作品集のメイン・モチーフは,主人公タイタス・クロウと,邪神やその手先,あるいは邪神を崇拝する邪教徒との対決です。つまり,恐怖をもたらす対象は,ラヴクラフト作品とは異なり,特定され,具体化しています。たとえば「妖蛆の王」に登場するジュリアン・カーステアズであったり,「黒の召喚者」ゲドニー,また「名数秘法」シュトルム・マグルゼル・Vなどです。クロウは,ときに機略を用い,ときに古の妖術を駆使して,彼らと戦います。たとえば「妖蛆の王」は,敵の術中に陥りながら,クロウがどのように,そこから脱出するか? という緊張感が,ぐいぐいとストーリィを引っぱっていきます。また「黒の召喚者」では,太古の伝承を用いながら,ゲドニーとの虚々実々の駆け引きを繰り広げます。ラヴクラフト作品に見られる曖昧模糊とした,じんわりとした恐怖感とは異なり,サスペンスとスピード感に満ちた展開が,この作品の魅力となっています。
 そしてもうひとつ,この作品集の魅力は,その映像性でしょう。たとえば「誕生」で描かれる古い僧院内部の光景や主人公の惨死シーン,あるいは「続・黒の召喚者」での妖術師同士のバトル,はたまた「ニトクリスの鏡」「ド・マリニーの掛け時計」における,SFX映像を彷彿させるクライマクス・シーンなどなどです。その描写の映像性が,ストーリィのスピード感を巧みに盛り上げていると言えましょう。

01/03/28読了

go back to "Novel's Room"