H・R・ウェイクフィールド『赤い館』国書刊行会 1996年

 「わずかな洞察力は多くの経験に匹敵するのである」(本書「中心人物」より)

 アンソロジィには常連のごとく顔を出しながら,独立した短編集として翻訳出版されることのなかった往年の怪奇小説家…そんな作家たちの作品を集めたシリーズ「魔法の本棚」のうちの1冊です。
 本冊には,9編の短編と,2編のエッセイ−「怪奇小説を書く理由」「さらば怪奇小説!」−を収めています。
 ちなみにこの作家さんの作品は,「湿ったシーツ」『怪奇小説の世紀 第1巻 夢魔の家』),「チャレルの谷」『怪奇小説の世紀 第2巻 がらんどうの男』),「ダンカスターの十七番ホール」『怪談の悦び』),「中古車」『死のドライブ』)などがあります。

「赤い館」
 3週間の休暇を過ごすために借りた屋敷。そこには…
 「幽霊屋敷」ものです。因果は,「いかにも古典」といったところですが,秀逸なのは,その幽霊の造形でしょう。川でよく見かける濃い緑の藻の固まりと,腐乱した溺死体のイメージを重ね合わせたような姿形が,視覚的なおぞましさを産み出すことに成功しています。
「ポーナル博士の見損じ」
 ポーナル博士は,学生時代以来のライヴァルを打ち負かすため,最後の手段に出るが…
 チェスを素材にしている点で,ちょっと毛色は変わっていますが,典型的な因果応報譚…と思いきや,ラストにいたって,幻想的なシチュエーションへと転換し,さらに15年という長い歳月を経てもなお失われない「執念」の不気味さが浮き上がってくる幕引きは,すばらしいですね。
「ゴースト・ハント」
 心霊研究家とともに,幽霊屋敷に乗り込んだラジオのアナウンサーは…
 メディアの進歩は,怪談における「語り」を,大きく変えることになったのでしょう。ラジオやテレビの出現は,そんな「語り」のリアル・タイムを保証する手段となり,それが「語り」の持つ迫真性,どう展開するかわからない先行き不透明性を強調することを可能にしたのだと思います。語り手の「壊れていく」様の描写が,じつにいいですね。
「最初の一束」
 “僕”が片腕を失った理由を話してあげよう…
 ヨーロッパにおいて,非キリスト教的な民俗や慣習を,「邪教」ではなく「異教」としてとらえる視点は,おそらく怪談の領域を拡張させたのではないかと思います。なぜならそれらは,「悪魔」によるものではなく,(キリスト教徒と同じ)「人間」によるものなのですから…
「死の勝利」
 幽霊が出るという噂のある屋敷でメイドのアメリアは…
 ベースとなっているのは,因果による「幽霊屋敷」というオーソドクスなものといえますが,そこに屋敷主人の老婆による「悪意」を絡ませることで,しだいに狂気へと追いつめられていくアメリアの姿こそが,本編の眼目なのでしょう。S・キング『シャイニング』を連想させるモダン・ホラー的な手触りのある作品です。
「“彼の者現れて後去るべし”」
 旧友を呪殺された男は,復讐を誓う…
 ストレートなオカルト・ストーリィです。適度に抑制された文体と,おそらく意図的であろう描写の省略が,読者の想像力を刺激し,緊迫感を高めています。
「悲哀の湖(うみ)」
 妻殺しの疑いをもたれた“私”は,別荘に身を隠すが…
 みずからを正当化するはずの「手記」が,徐々にほころびを見せていき,カタストロフへと至る…定番といえば定番ですが,やはりこの手の作品の評価は,まさにその「語り(騙り)口」にこそあるのでしょう。その点で,途中途中に挟まれる「ほころび」の描き方は巧いですね。
「中心人物」
 「中心人物」と名づけられた劇を上演しようとした劇作家は…
 劇中の人間関係が,現実の役者のそれに伝染し,浸食していく,というストーリィは,ミステリやサスペンスにおいて,しばしば見られるものですが,本編ではそれにもうひとひねり加えることで,「フィクション」と「現実」との危うい関係を鮮やかに浮かび上がらせています。
「不死鳥」
 老数学者が遺した奇怪な手記とは…
 ホラー作品においてしばしば小道具として用いられる「鳥」が持つある種の「得体の知れなさ」を,デュ・モーリアは短編「鳥」で鮮やかに描き出し,アルフレッド・ヒッチコックは,それを見事に映像化しました。その鳥の不気味さを,幽霊話と巧みに絡ませ,さらに「手記」というスタイルで表される主人公の狂気を重ね合わせることで,緊張感のある佳品に仕上げています。本集中,一番楽しめました。

04/03/15読了

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