西崎憲編『怪奇小説の世紀 第1巻 夢魔の家』国書刊行会 1992年

 「荒廃した家というものには,どこか見る人の心を揺り動かすものがある」(本書 A・N・L・マンビー「戦利品」より)

 作者の言によれば,「怪奇小説の世紀」とは,19世紀後半から20世紀前半を指すそうです。その100年間から34編をセレクト,全3巻にまとめたのが本アンソロジィで,第1巻には12編が収録されています。

ヴィンセント・オサリヴァン「火宅」
 男が見かけた高台に建つ屋敷の正体とは・・・
 「幽霊を見た,じつはそこでは昔‥‥」というのは,怪談の基本中の基本ともいえる因果話でありますが,本編は,一見そのフォーマットを踏襲するように見せて,ひとひねり加えています。ラストのセリフも幕引きとして良くできています。
ヨナス・リー「岩のひきだし」
 若者は,断崖に作られた「ひきだし」を見つけて以来‥‥
 主人公がクリスマスのリトル・イヴの夜に姿を消す,というところが気になります。クリスマスは,キリスト教のお祭りではありますが,そこにより古い土俗的な信仰が色濃く残っているといいます。そんなことを考えると,主人公は,そんな「古き神々」に魅入られたのかもしれません。
W・F・ハーヴィー「旅行時計」
 知り合いから頼まれて,留守の家に旅行時計を取りに行った私は‥‥
 動いているはずのない旅行時計が時を刻んでいる,という,小さな,しかし印象的な異常事態から,主人公が不安を高まらせていくところは巧いですね。また奇妙な足音,勝手に閉まる窓といった「小技」による雰囲気作りもグッドです。不可解な怪異を不可解なままにしておく手法は,わたしの好みのものです。本集中,一番楽しめました。
エドワード・ルーカス・ホワイト「夢魔の家」
 山中で車を事故らせた“わたし”は,とある一軒家で一夜を過ごすが…
 オチは,今の目からするとやや使い古された感が否めませんが,路傍の白い石が右に見えたり,左に見えたりする怪異は,どこか民話的なテイストがあって好きですし,また主人公が夢に見るモンスタの造形も迫力があっていいですね。
M・P・シール「花嫁」
 ひとりの男をめぐって姉妹は確執を深め…
 優柔不断な男が,その性格ゆえに災難を招くお話,といったら身も蓋もありませんね(笑) ラスト,初夜のベッドに入ってくる「花嫁」は,いったい何者だったのか? 亡霊なのか? それとも罪の意識に苛まれる男が見た妄想だったのか? そのへんの曖昧さが不気味さを盛り上げています。
A・M・バレイジ「違う駅」
 その男は,かつて降りた駅にもう一度行きたいと熱望しており…
 おそらくモチーフとしては,非常に古い時代から語り継がれているものなのでしょうが,そこに「列車」と「駅」という,いわば近代的なシチュエーションを加えたところに,本編の新味があるのでしょう。
ヴァーノン・リー「人形」
 骨董蒐集の趣味を持つ“私”は,その人形に強く心惹かれ…
 「怖さ」よりも「哀しみ」が色濃い作品です。人間が勝手に「思い」を託した人形。しかし人の心は移ろいやすく,託された人形のみが,その「思い」を,どこに逃すこともなく,ただひたすら持ち続ける…もしかすると,こういったお話,あるいはラストでの主人公の行動は,アニミズム的な心性の強い日本人の方が理解しやすいのかもしれません。
マージョリー・ボウエン「フローレンス・フラナリー」
 フローレンスは,新居で300年前に刻まれた“自分の名前”を発見し…
 物語の骨格は,オーソドクスな因果話のようにも思えるのですが,どうもそれだけでは完全に把握できないような不可思議なテイストを持った作品です。たとえばフローレンスは,いつ,誰から刻まれた名前の由来を知ったのか?とか,あるいはペリーの正体は,本当は何だったのか?など,未解明な部分が散りばめられており,それが不可思議さを増幅させているように思います。
H・R・ウェイクフィールド「湿ったシーツ」
 莫大な遺産をいち早く手に入れるため,女は一計を案じ…
 こちらは典型的な因果応報譚ですが,そこにユーモラスな味付けをしているところがミソ。とくに冒頭のテンポのよい夫婦の会話は楽しいですね。ちなみに訳者は,作家「再デビュー」前の倉阪鬼一郎です。
A・N・L・マンビー「戦利品」
 火災で焼け落ちた廃館。そこにまつわる話とは…
 怪談の本質が「語り」であることを示す好編です。館にまつわる話を,抑制の利いた言葉で,淡々と語る牧師の口調が,じつに効果的です。
E・F・ベンスン「アルフレッド・ワダムの絞首刑」
 死後の世界の有無をめぐって,神父は自分の体験談を話し始め…
 本編の核心は,幽霊がいるとかいないとか言うよりも,むしろ生者の意志−語り手の神父を二律背反に追い込む邪悪な意志の「怖さ」にあるのではないかと思います。
エリザベス・ボウエン「陽気なる魂」
 戦時下のクリスマスを,“私”は,ある家で過ごすことになるが…
 “私”の訪れた家ではいったいなにがあったのか? 不可解なメモを残した料理番とは? どこか「ずれた」返答を繰り返す叔母は? そういった曖昧さが,得体の知れない「薄ら寒さ」を醸し出しています。

03/06/22読了

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