ピーター・ヘイニング編『死のドライブ』文春文庫 2001年

 「自動車」をモチーフとしたホラー,ファンタジィ,サスペンス,SFのアンソロジィです。さすが『ヴァンパイヤ・コレクション』の編者だけに,新旧取り混ぜた粒よりの作品19編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

スティーヴン・キング「トラック」
 意思を持ったトラックに囲まれ,“わたし”たちはレストランに閉じこめられた…
 「機械の叛乱」という,古典的なSFホラーのキング版といったところでしょうか。あるいはまた,ダフネ・デュ・モーリア「鳥」のマシン・ヴァージョンです(と思っていたら,編者も「解説」で似たようなことを書いてました^^;;)。「古い皮袋に新しい酒」はこの作者の自家薬籠中のものと言えましょう。世界規模の異常事態を想像させるラストの一文がいいですね。
ジャック・フィニィ「二度目のチャンス」
 復元修復したクラシック・カーに乗った“ぼく”は,過去の世界に紛れ込み…
 同じ作者の『ふりだしに戻る』の「自動車編」です。1920年代のアメリカが舞台なので,ちょっとピンと来ないところも多かったですが,ラストの「謎解き」は,じつに鮮やかさです。ほんのわずかな「時」が運命を大きく変える,というところは,「時間テーマSF」にフィットした展開と言えましょう。その展開の自然さもグッドです。本集で一番楽しめました。
H・ラッセル・ウェイクフィールド「中古車」
 カニング氏が,その中古車を購入して以来,周辺に不可解な出来事が…
 拭いても拭いても落ちない染み,走行中に見る悪夢,異臭,謎の人影・・・まさにオーソドックスな「呪われた車」の物語です。1932年初出ということを考え合わせれば,「古典」といっていいでしょう。イギリス小説っぽい,淡々とした語り口がよいですね。
リチャード・マシスン「決闘」
 ハイウェイで,そのタンクローリーを追い抜いたときから,彼とタンクローリーとの“決闘”がはじまった…
 「スピルバーグ『激突!』とそっくりだなぁ・・・」などと思って読んでいたら,その原作でした(笑) 「いわれなき悪意」による恐怖とともに,しだいに「タンクローリー」の狂気に汚染されていく主人公を描き込むことで,全編に緊迫感をみなぎらせています。たとえこんなシチュエーションでなくても,バック・ミラー一杯の大型車のノーズは,思わず被害妄想になりそうなほどの圧迫感がありますものね(笑)
アントニア・フレイザー「わたしの車に誰が坐ってたの?」
 ロックのかかった,ローリーの車を,何者かが勝手に運転している…
 見慣れた,そして安全と思っていた空間に,いつのまにかストレンジャが侵入している恐怖を,冒頭の灰皿の描写で,的確に切り取ってみせています。また,明らかに「怪異」は存在しながらも,どこかサイコっぽいエンディングは,山岸凉子のホラー作品を連想しました。
ジョー・R・ランズデール「デトロイトにゆかりのない車」
 ある夜,老夫婦の元に1台の真っ黒な車が訪れ…
 「死神」のキャラクタ造形がいいですね。「私も焼きがまわった」というセリフとともに展開する幻想的なエンディングも秀逸です。
ジェフリー・アーチャー「高速道路で絶対に停車するな」
 週末,友人夫婦を訪れようとする彼女の車に,不可解な車が追跡しはじめ…
 前掲の「決闘」とよく似ているなぁ・・・と思っていたら,ラストでツイスト。都市伝説で有名な逸話ですが,前半で描かれる主人公の怯えの描写が迫力あり,最後に至るまで気づきませんでした。
ピーター・ヘイニング「死の車」
 フォードV8−40…その車を愛する人は多かった。いろいろな意味で…
 インターネット絡みの犯罪が起こるたびに,「インターネットの功罪」みたいのが議論されますが,それはあらゆる「道具」に通じることなのでしょう。本編は車と犯罪とのアイロニカルな関係を,歴史上,有名な男女と絡めて,巧みに切り取ってみせています。
メアリー・エリザベス・カウンセルマン「夜間法廷」
 3度目の交通事故を起こしたとき,ボブは“夜間法廷”に連行され…
 「死者の告発」というモチーフは,やや使い古された感があるものの(もっともアンソロジィだから,あたりまえですが),「事故死など存在しない! 事故は殺人だ−なぜなら,それは妨げたはずだからだ」という,交通事故死者のセリフは,彼らの持つ怨みが,けして主人公個人に向けられたものではなく,車社会の持つ根元的な病理に対するものであることを示唆しているように思います。
ラムジー・キャンベル「事故多発区間」
 山歩きをしていたブレークは,そのカーブ・ミラーに奇妙な感じを受け…
 いわゆる「魔のカーブ」を素材とした作品。カーブ・ミラーは,はじめから事故を招く異形の存在だったのか,それとも,事故をあまり多く「見すぎた」ため異形なものへと変貌したのか。オーソドックスなモチーフを扱いながら,カーブ・ミラーに着目したユニークな視点が楽しめます。
ロアルド・ダール「ヒッチハイカー」
 『王女マメーリア』収録作品。
イブ・メルキオー「デス・レース二○○○年」
 そのロード・レースは,速さだけではなく「得点」も競っていた…
 車好きな方には申し訳ありませんが,車の持つパワーやスピードは,それだけで「凶器」に転じる危険性をも合わせ持っていることは否めないでしょう。それをグロテスクにヒート・アップさせた作品です。また「レーサー」を「兵士」と読み替えれば,この作品が,人類の歴史のカリカチュアになっていることがわかります。ところで,この作品と同じ設定のゲームが発売され,速攻で販売中止になったという話を聞いたことがあります。やれやれ・・・ーー;;
ハーラン・エリスン「景色のよいルートで」
 ジョージは,割り込んできた赤いマーキュリーに決闘を挑むが…
 前掲の「デス・レース・・・」と同じような趣向の作品。ただしこちらは自動車同士の戦い。命の奪い合いを認めながら,「交通規則の遵守」を呼びかけることのアンバランスさが,状況の異常さを際だたせています。

01/02/02読了

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