西崎憲編『怪奇小説の世紀 第2巻 がらんどうの男』国書刊行会 1993年

 「この話を,きちんと伝えようと思ったら,なんというか……そりなりの聞き方,話し方……一種の作法のようなものが必要なんです」(本書 J・H・リドル夫人「エニスモア氏の最期」より)

 『第1巻 夢魔の家』に続く第2集。12編を収録しています。
 ところで,本書は古本屋さんで購入したのですが,目次の各編に鉛筆で「○」だの「×」だの「△」だの書かれていました。こういうことはやめてほしいものですーー;;

トマス・バーク「がらんどうの男」
 15年前に殺したはずの男が,突如,目の前に現れ…
 こんなことを書くと不謹慎かもしれませんが,「人を殺す」という行為が,まだ重みを持っていた時代の物語…沖縄や長崎での少年たちによる無惨な殺人事件の報に接する2003年,そんな風に思えてしまいます。
アーサー・コナン・ドイル「茶色い手」
 ドミニック卿が怯えるインドの思い出とは…
 心霊現象を「理」でもって解決しようとするストーリィは,ミステリ作家であり,なおかつ心霊研究家でもあったこの作者らしい趣向なのでしょう。そこにユーモアを交えているところも,この作者ならではストーリィ・テリングの手腕ともいえます。
ハリファックス卿「ボルドー行の乗合馬車」
 「ボルドー行の乗合馬車は何時に出発するのか?」…それを尋ねたばかりに男は…
 不条理は,その不条理ゆえにこそ,不気味さがあります。それは「当たり前」のことが「当たり前」でなくなるという,日常の基盤が崩壊していく恐怖にも通じます。
J・S・レ・ファニュ「妖精にさらわれた子供」
 行方不明になった3人の子ども。帰ってきたのはふたりだけだった…
 日本で言えば「神隠し」といった類のお話。そのため純粋な創作と言うより,民話を肉付けしたような手触りを与えます。子どもを連れ去る「妖精」の造形が,いかにも「人外の者」といった雰囲気が良く出ています。
H・R・ウェイクフィールド「チャレルの谷」
 ブリンクル一家がピクニックに行こうとした場所は…
 主人公の大仰なまでの卑屈な物腰には,「インド」というものを理解しないヨーロッパ人に対する,辛辣でブラックな嗤いが込められているのでしょう。
アン・ブリッジ「遭難」
 若い姉弟登山家の元に届いた手紙。それは死者が発したものだった…
 ひとり留守番をする女性の元に,何度も不気味な電話がかかり,その電話をかけてくる主がしだいに近づいてくるという都市伝説がありますが,それ以前に,この作品のような「手紙ヴァージョン」があったのかもしれません。姉弟の「保護者」ともいうべき主人公アラード博士の焦燥と無力感が,じわじわと伝わってくるところはグッドです。
ニール・ミラ・ガン「時計」
 その時計の送り主は,彼女の夫を“殺した”男だった…
 時計とは「運命の皮肉」の象徴だったのでしょう。そして彼女がとった行動とは,そんな「運命の皮肉」に耐えきれなくなった末の,自覚せぬ狂気だったのかもしれません。
レディ・ディルク「死神の霊廟」
 死神と結婚すれば,人の命の不思議がわかる…少女はそう信じ込み…
 人には知るべきことと,知らざるべきこととがあるのかもしれません。そんなことを考えさせる寓話的なストーリィです。
J・H・リドル夫人「エニスモア氏の最期」
 廃墟となった屋敷にまつわる奇怪な話とは…
 抑制の利いた淡々とした語り口ゆえに,じわりじわりと伝わってくる不気味さ。“事件”ののちに起こった怪奇現象を最初の法に持ってくるところ,あるいは海岸に流れ着く大量の棺や死体といった「前振り」など,エピソードの配置の妙も味わえます。棺,死体,高級ブランデー,そして謎の男…それらは海底の異界から来たのかもしれません。
E・F・ベンスン「閉ざされた部屋」
 急死した叔父から残された屋敷。そこには隠された秘密とは…
 主人公たちが,引っ越してきた屋敷に,怪異なものを感じ取るプロセスを,積み重ねるように描いているところは,上作と同様,すこぶる正統的な幽霊譚ですが,それとともにミステリ的趣向がほどこされているところがミソ。
ニュージェント・バーカー「ウエッソー」
 屋敷にひとり住むウエッソー老人の周囲に,幽霊たちが集い始め…
 今の目からすれば,素材の古くささはいかんともしがたいですが,不安定にも見える視点が,奇妙な手触りを醸し出しています。
オリヴァー・オニオンズ「事故」
 成功した画家ロマリンは,40年ぶりに古い友人と再会を約すが…
 一種のサイコ・サスペンス的なテイストを持った作品です。ロマリンにとって,旧友マーズデンは,みずからの人生の“影”だったのではないか,と思ってしまうのは,現代的な見方なのでしょうか?

03/07/26読了

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