唐沢商会『近未来馬鹿<改訂版>』青林工藝社 1999年 

 唐沢俊一(兄)と唐沢なをき(弟)とによる,パロディをベースとしたナンセンス・ギャグ作品14編を収録しています。1990年に青林堂より刊行されたもののリニューアル版です(一部の作品に「1999年改稿」というクレジットが入っています)。

 この手の作品,とくにそのナンセンスぶりが徹底している唐沢作品に対する文章によるコメントは,きわめて難しいものなので,好きでけっこう所有しているのですが,あまり感想文はアップしておりません(『脳天気教養図鑑』『かすみ伝(全)』『かすみ伝S』『怪奇版画男』など…おまけに,その感想文はかなり「投げやり」だったりします(笑))。
 では,なぜ今回(無謀にも(笑))本編を取り上げたかというと,個人的に「ツボ」といえる,「諸国怪態物語(アヤシゲモノガタリ)」と題する2編が収録されているからです。

 まずその1編「段吉の怪」へまむし組のちんぴら段吉は,床の間に飾ってある奇怪な石像の中に古文書が収められていることに気づき,なにかお宝に関わるものではないかと,それを解読しようとするが…というストーリィです。古文書に書かれた奇妙な文字は,どうやら「狗登呂遺跡」で発見された古代文字によく似ており,さらにその訳文とは「そは往古より世に遍在なすものなり。物質にあらず,生命にあらず,ただ存在なすもの…」
 …と,ここまで来て,「あ! これはクトゥルフ神話ではないか!」と気づいた次第。「狗登呂」とは(ルビはふってませんが)おそらく「クトロ=クトゥルフ」ですし,タイトルの「段吉の怪」も「ダンウィッチの怪」のパロディです(あわてて『秘神界−歴史編−』に収録されている「日本作家によるラヴクラフトCTHULHU神話関連作品リスト」を読みかえしたら,しっかりリストアップされていました)。
 そんな目で,改めて本編を読んでみると,たしかに,マニアックな小ネタギャグや,グロテスクな描写なのに,それを感じさせないデフォルメされた唐沢なをきの絵柄,またヤクザを主人公にしているところは,原作者の「キワもの好き」が表れていて,まさに「唐沢作品」以外の何ものでもないのですが,「無知と欲望による封印の解除」「心身を乗っ取られる主人公」「邪悪の復活」「賢者(本編では修験者)による再封印」と,これまたまさにクトゥルフ神話のフォーマットをきっちりと踏襲していて,パロディと言うより,1編の独立したクトゥルフ神話として楽しめる作品になっています。
 とくにラスト,石像を破壊しようとする修験者を追い返して,ヤクザの親分曰く「いいか日本にゃあ知らぬが仏てぇ言葉があるんでぇ。わけのわからねえもんを変にいじくりまわして,科学精神なんぞとふかしていやがるとロクなことにゃあならねえぞ」「ためになる話だ」などとチャチャが入っているところも「らしい」ですが,これもまたクトゥルフ神話の「本質」を見事に言い当てているように思います。

 さてもう1編は「河童の味」。江戸時代,河童を捕獲した武士たちが,それを鍋物にして食ってしまったことから…という「綺譚」をベースにした作品です。読んでいて,展開は岡本綺堂「妖婆」に近いな,という印象を持ちましたが,むしろその「たたり」に収束させないで,「復讐の物語」として,「理」によって冷静にコメントしているところが,原作者・唐沢俊一らしいシニカルさが出ています。
 オチは,ありがちなオーソドクスなものとはいえ,昔の怪談・綺譚を,「肴」にしながら会話していて,それがラストで「スッ」と「今」に忍び込んで来るというスタイルは,わたしとしては(それこそオーソドクスであるがゆえに)好きなのです。

 …とまぁ,2編のみにコメントしましたが,やはり本編の「本流」はパロディ作品。「鉄人28号」のパロディ「鋼鉄人間28号」「大塚署長自身の事件」「ゴジラ」「原子馬鹿襲来」横溝正史「宗田村殺人事件」ホームズ譚「漫才バスカビル家の犬」などが収録されています。それから「2001年宇宙の正月」は,ベースは,有名な『2001年宇宙の旅』ですが,星野之宣の初期作品「鋼鉄のクイーン」も少し入っているのでは?と邪推しています。

05/12/04

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