山岸凉子『甕のぞきの色』秋田文庫 1997年

 5本よりなる中・短編集です。

 山岸凉子といえば,個人的には,人間の情念と狂気を,そして異形のものを,その細く硬質なタッチで描く作家というイメージがあります。『天人唐草』『汐の声』『夜叉御前』『鬼来迎』・・・・。この本もそのつもりで買ったのですが,どうも違うようです。表題作は新興宗教をあつかっているので,多少その気配はあり,また「蓮の糸」は,「ゆうれい談」の系譜をひく怪談実話が,コミカルなタッチで描かれています。しかし他の3編,「二口女」「月氷修羅」「朱雀門」は,狂気も異形も出てこない,どちらかというと日常生活を描いた作品になっています。

 最初は,それなりにおもしろかったものの,上のような作品を予想していたので,ちょっと肩すかしを食ったような気がしました。しかし,読後,よく考えてみると,もしかしたら山岸涼子のテーマ(のひとつ)は,情念や狂気を描く作品と,大きくは変わってないのではなだろうか,と思うようになりました。

 ではそのテーマはなにか,というと「かたくなな心」ではないでしょうか。「二口女」では,男と女が互いに相手に求める,自分勝手な心が描かれ,「月氷修羅」では,妻子ある男性の愛人である主人公と,夫が浮気しているその姉の心を描き,また「朱雀門」では,自分一人で生きてきた女性が,見合いを通じて,ささいなことが許せないかたくなな自分に気づく姿が描かれています。いずれもみずからの「かたくなな心」ゆえに,充足できない人々です。「かたくなな心」が,狂気へと傾斜し,悲劇を招く姿を描いたものが,かつての彼女の一連の作品ではなかったでしょうか。しかし今回の作品群に描かれる「かたくなな心」はずいぶんちがいます。「二口女」では,「かたくなな心」をもつ女性とともに,もっと柔軟な心を持つ女性が登場しますし,「月氷修羅」の主人公は,男から「そうやって自分だけ愛していればいい」という言葉を投げつけられつつも,別れることによって,自由を求め,「朱雀門」では,「かたくなな心」を直視し,それを乗り越えようとする女性と,その意志を受け継ぐ少女の姿が描かれています。

 かつて「かたくなな心」に振り回され,蝕まれる女性たちを描いてきた作家は,その「かたくなな心」を冷静に直視し,克服しようとする人間を描こうとしているようです。

97/01/28

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細野不二彦『ギャラリーフェイク』10巻 小学館 1997年

 もう10巻かあ,というのが,最初の感想ですね。細野不二彦は以前から好きで,始まった頃は「ちょっと毛色が変わっていておもしろそうだな」と思ってたんですが,正直なところ,これほど続くとは思ってませんでした(失礼)。

 でその10巻ですが,あいかわらず藤田はダークサイドを歩みつつ,ドイツへイギリスへと忙しそうです。が,いよいよ,というか,ついにというか,なにやら藤田が色気付いてきましたねえ。Part5では,三田村館長とどうもいい雰囲気になってますし,Part6では,ついにサラに「愛の告白」(?)。(おそらく次回以降,しばらく藤田のしらばっくれが続きそうな気がしますが)。藤田・三田村・サラの三角関係(?)が,今後どう展開するかが楽しみですね。

97/02/03

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吉田秋生『BANANA FISH』3・4巻 小学館文庫 1997年

 「今頃,読んでいるのか」とお思いになる方も多いかと思いますが,今頃読んでいるんです(笑)。吉田秋生というと『楽園シリーズ』以来のファンで,『河よりも長くゆるやかに』『吉祥天女』『櫻の園』など,こまめに読んでいたつもりだったのですが,この作品は,気がつくと10巻以上出ていて,なんとなく手を出し損ねていたのです。で,文庫版が出たのを幸い,1巻から楽しみにしながら読んでいます。

 文庫版の3・4巻が全体のどのあたりに位置するのかわかりませんが,なんとなく第1部完結,第2部開始,といったところでしょうか。ストリートキッズの抗争で始まった物語は,「BANANA FISH」の謎を追う過程で,コルシカ・マフィア,チャイニーズ・マフィア,米軍,政治家をも巻き込み,壮大に展開していきます。そして「BANANA FISH」の正体が明らかになるや,ショーター・ウォンの無惨な死,ゴルツィネ邸からの壮絶な脱出劇,胸に思惑を秘めた,美しくも危険な男・李月龍の登場と,息もつかせずハードに進行していきます。そして一時の休息ののち,アッシュの反撃が始まります。コンピュータのオンライン操作によるゴルツィネへの経済的攻撃,宿敵オーサーとの,水面下での静かな闘い。ふたたびバトルの到来を予感させます。

 アクションシーンは迫力があって派手なくせに,ストーリーといったら,出てくる敵との格闘ばかりという,ある意味では「わかりやすい」,別の言い方では「ちゃち」なアクションコミック(とくに少年マンガにその傾向が強い)が多いなか,骨太でハードなこの物語の行く末が楽しみでなりません。5・6巻は来月かなあ・・・・・・

97/02/11

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唐沢なをき『かすみ伝(全)』『かすみ伝S』アスキー社 1997年

 はじめて読んだ唐沢なをきの作品は『ホスピタル』(白泉社)でした。そのあまりの悪趣味さ,下品さ,無意味さ,ばかばかしさ,むちゃくちゃさ,読者をなめきった内容に,唖然呆然としてしまいました。あきれかえった私は,思わず,新刊が出るたびに買い求め,その悪趣味さ,下品さ,無意味さ,ばかばかしさ,むちゃくちゃさ,読者をなめきった内容を堪能してしまうのでした(笑)。

 で,この『かすみ伝』のあらすじですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

唐沢なをきのマンガのあらすじなんか書けるか! はなっから,そんなもん,ないんだから!!

 でも好きなんです・・・・・・・・・・・(ぜんぜん感想になってないな)

 とにかくストーリーなんかまったく無視して(悪くいえば,単なるいきあたりばったり),全編,ありとあらゆる実験的手法(一部はあからさまな手抜きです)を駆使して,マニアックなギャグで埋め尽くされています。ほとんどルール無用の場外乱闘(やけくそともいいます)の様相さえ帯びています。商業誌でこれだけやれる作家って,はなはだ貴重なのではないでしょうか。ただし「劇薬」ですので,服用の際はご注意ください。

 なお唐沢なをきのホームページ「からまん」はこちらです。

97/02/20

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