ウィリアム・ホープ・ホジスン『海ふかく』国書刊行会 1986年
「これは一種異様な話なんだ」(本書「海藻の中に潜むもの」より)
アーカムハウス叢書の1冊。「序文」をオーガスト・ダーレスが書いています。この作者のお得意・海洋綺譚13編を収録しています。
「海馬」
祖父からもらった木馬を,少年は“海馬”と信じ込み…
「信念」は,情報や経験によって微妙に変化していきますが,それらの機会の少ない「子どもの信念」は,しばしば大人の手に負えないほどのかたくなさを有します。それゆえに,ときとして「現実の理」さえも突き破るほどの硬質さを持ちうると夢想されるのかもしれません。
「漂流船」
アンソロジィ『怪物の時代 怪奇幻想の文学V』に「難破船」,この作者の短編集『夜の声』に「カビの船」という邦題で収録。感想文は前者にアップしています。
「海藻の中に潜むもの」
霧の夜,異臭とともに船に襲いかかってきたモノとは?
素材となっているモンスタは,中世以来,ヨーロッパで伝説として語られているオーソドクスなものですが,それを,さながらアクション映画のようなスリルをもって描き出しているところに,本編の新鮮さがあったのでしょう。そしてその緊迫感のすばらしさは今も失われていません。
「静寂の海から」
海から引き上げられた水樽には,“海の墓場”からの手紙が入っていた…
海洋奇談の定番「サルガッソーもの」です。その「海の墓場」で繰り広げられる怪異を描いていますが,この作品の眼目はむしろ,「語り手」が置かれた絶望的なまでの酷い状況にこそあるのでしょう。そしてその状況が,サルガッソー海の持つ,自然を超えたかのような「異界性」をより浮かび上がらせています。
「ウドの島」
『夜の声』に同名で所収。感想文はそちらに。
「闇の中の声」
アンソロジィ『恐怖と幻想 第2巻』に「闇の海の声」,『夜の声』に「夜の声」というタイトルで収録されています。感想文は前者に。
「岬の冒険」
財宝が埋まっているという岬へ,船長とピビーは上陸するが…
夜の密林の中の逃避行という展開は,この作者ならではのスリルに満ちたものですが,それとともに,ジャッド船長と水夫ピビーとのやりとりが,なかなかにユーモラスで,軽快感をも併せ持っています。
「漂流船の謎」
アンソロジィ『恐怖の1ダース』に「幽霊船の謎」,『夜の声』に「廃船の謎」というタイトルで収録。感想文は前者に。
「帰り船<シャムラーケン号>」
老水夫ばかりが乗るその船は,奇妙な霧に包まれ…
老人ばかりの船という,ちょっと不思議なシチュエーションから,ファンタジィへ向かうかと思いきや,皮肉な結末へといたる展開は,自身が船乗りだったというこの作者のプラグマティズムなのかもしれません。
「石の船」
『夜の声』に同タイトルで収録。感想文はそちらに。
「ランシング号の乗組員」
海底火山の爆発で水蒸気に覆われた海…そこで“私”たちが見たものは…
大海の中に人知れずモンスタが潜んでいる,というのは海洋奇談の定番的モチーフですが,それをさらに一歩進めた本編(ネタばれ反転>モンスタに乗っ取られた船が漂流している)は,よりグロテスクで不気味なイメージを作り出すのに成功しています。
「まんなか小島の住人たち」
友人の恋人が乗った船が難破し,その島の入江に漂着しているという…
マリー・セレスト号の謎を思わせる不可思議な難破船,人がいないのにめくられるカレンダ,恋人を捜す友人の焦燥など,ぐいぐいとストーリィを引っ張っていくミステリアスな展開は見事です。ただ惜しむらくは,ショッキングなラストについて,なんらかの伏線なり理屈付けがほしかったですね。
「暁に聞こえる呼び声」
暁の中,その“海藻の島”から歌声が聞こえてきた…
前掲の「静寂の海から」と対をなすような作品です。「静寂…」が,サルガッソー海の「内側」からの絶望的な「声」だとしたら,こちらはその「声」を耳にしながらも,けっして手をさしのべることのできない哀しみに満ちています。
05/02/20読了
go back to "Novel's Room"