紀田順一郎・荒俣宏編『怪物の時代 怪奇幻想の文学V』新人物往来社 1979年

 タイトルにあるように,モンスタ・テーマの短編13編を収録しています。冒頭の解説は小宮卓「想像の見世物」です。

E・F・ベンスン「恐怖の山」
 “恐怖の山”で,イングラム教授が目撃した怪物とは…
 本編のポイントは,登場人物が述べているように,“怪物”と人間との「異質性」ではなく「類似性」なのでしょう。「怪物」とは,ときとして,人間を(あるいは「時代」を)映し出す「鏡」であるのかもしれません。
M・P・シール「青白い猿」
 その館には,猿の幽霊が出るという…
 C・ダーウィンの進化論は,人間が,「変化しうる」ということを示しました。「変えられないことの絶望」と「変わりうる希望」は,しばしば対置されますが,「変わってしまうことへの恐怖」もまた,十分にありえるのでしょう。
H・S・ホワイトヘッド「ウイリアムスン」
 人の良い夫を,妻はなぜ毛嫌いしたのか…
 ここでも語られる,人と猿(この場合はオランウータン)との近親性ゆえの恐怖。繰り返しになりますが,やはりダーウィニズムのインパクトなのでしょう。しかし,それに挫けない友情を描くことで,前作とは異なるテイストを醸し出しています。
メアリー・シェリー「換魂譚」
 放蕩の末に困窮した男が出会ったのは…
 ご存じ『フランケンシュタイン』の作者の短編です。オカルト版『王子と乞食』とでも言いましょうか(笑) 「放蕩もほどほどにね」という,一種の教訓話のように思えます^^;;
H・P・ラヴクラフト「レッド・フック街怪事件」
 刑事マーロンが,レッド・フック街の地下で“見た”異形の儀式とは…
 御大による有名な1編です。ニューヨークという大都会の地下で,邪教の儀式が繰り広げられるというミスマッチが,特色のひとつなのでしょう。それとともに,人種的坩堝ともいえるニューヨークに対する,ガチガチの保守主義の作者の「見方」(端的に言えば「偏見」なのですが)も色濃く現れているように思います。
エイブラム・デヴィッドスン「ゴーレム」
 老夫婦の前に,ゴーレムが現れ…
 この手のモンスタ・ネタは,近代以後,人間のコントロールからの逸脱,それがもたらす恐怖という形で描かれることが多いですが,それを人間の側にふたたび回収するストーリィを,ユーモラスに描いています。
ジェラール・ネルヴァル「緑色の怪物」
 夜ごと,奇怪な騒ぎが聞こえる廃屋に,単身乗り込んだ警官は…
 教訓話的な体裁を取りながら,「怪物」の正体の不分明さに,それだけではすくい取れない,なにか「毒」のようなものを感じる1編です。
M・W・ウェルマン「ヤンドロの山小屋」
 “ぼく”は,歌った唄をきっかけに,ヤンドロ氏を山小屋に案内することになり…
 時間を超えた復讐譚をベースにしながらも,そこにヨーロッパ版の「山中綺譚」ないしは「妖怪譚」的なテイストを盛り込むことで,オーソドクスな因果応報譚とは一線を画しています。それにしても妖怪の造形って,古今東西,似たようなところがあるのかもしれませんね。
E・L・ホワイト「セイレーンの歌」
 耳の聞こえない一等航海士が見たセイレーンとは…
 その歌声で船を難破させる神話上のモンスタ・セイレーンを素材としながら,まったく異なるイメージを作り出しています。無心に歌うセイレーンの周囲にぬかずきながら死んでいく船乗りたちのシーンが鮮烈です。
W・H・ホジスン「難破船」
 洋上に漂う難破船で“私”たちが見たものは…
 「闇の海の声」「幽霊船の謎」といった「海洋怪談」を得意とする作家さんの佳品のひとつと言っていいでしょう。「難破船」という,きわめて古典的な素材を用いつつ,そこにグロテスクでユニークなモンスタを配することで,さながら映画を見るような,アップテンポでスリルたっぷりのストーリィを展開させています。本集中,一番楽しめました。
J・P・ブレナン「沼の怪(スライム)」
 海底火山の爆発と嵐によって,沼に運ばれた化け物は…
 モンスタはどこから来るか?…魔界,異次元,宇宙,深海,そして「太古」もまた,その有力な「故郷」なのでしょう。浮浪者,独り者の頑固老人,アベックの片割れ,警官と,被害者のパターンが,B級ホラー映画のベタベタなノリで楽しめます。
フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「ワンダースミス」
 貧民街に店を開くワンダースミスの魂胆は…
 一種のダーク・ファンタジィでしょうか? 「悪魔の魂」で蠢く人形たちというおぞましさは良いのですが,紋切り型の勧善懲悪的趣向には,正直,鼻白むものがあります。
ゲアハルト・ハウプトマン「海魔」
 その会で語られた老船乗りのおぞましい体験とは…
 どうも根がせっかちなせいか,「饒舌」というか,「くどい」というか,こういった「語り口」には,どうしても馴染めないところがありますね。その結果,「物語の核心」が把握しづらく,読み進める気力が萎えてしまいます。ドイツ幻想小説は,やはり肌に合わないかな?

04/07/04読了

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