スタンリイ・エリン『特別料理 異色作家短編集2』早川書房 1961年

 10編を収録した短編集。『九時から五時までの男』『最後の一壜』と,粒ぞろいのこの作者の短編集の中でも最高傑作と言えるでしょう。

「特別料理」
 アンソロジィ『世界傑作推理12選&ONE』収録。感想文はそちらに。
「お先棒かつぎ」
 好条件で採用された男に,雇い主が求めたこととは…
 「赤毛連盟」的にはじまった物語は,悪意−それも念入りにコントロールされた恐るべき悪意の物語へと変貌していきます。そしてそれが,「仕事」なるものの,否定しようのない本質の一部を照らし出しているだけに,よりいっそう怖いものになっています。
「クリスマス・イヴの凶事」
 異常なまでに弟を支配しようとする姉。そして弟の妻が変死した…
 歪んだ愛情と,それに対する憎悪…姉弟の間にわだかまる愛憎を,緊迫感をもって描き出していきます。しかし作者が提出するのは,その愛憎の果ての(ありがちな)破局ではなく,むしろ,それ以上に不気味な狂気の深淵です。
「アプルビー氏の乱れなき世界」
 自分の“店”を守るために,つぎつぎと妻を殺し続けた男は…
 この作者ですから,主人公の行く手に「破滅」が待ち受けているのは予想のつくところです。しかし,これほどの,グロテスクと言っていいほどの皮肉な結末には,すっかりまいってしまいました。またそのラストに向けて,それまでの描写が新たな意味を持って収まっていくところも見事です。
「好敵手」
 チェスの魅力にはまった男の前に現れた“相手”とは…
 コンピュータ・ネットワークの発達にともない,しばしば「リアルとヴァーチャルの混交」が言われますが,それはあくまで,その「機会の増大」であって,両者の混交は,いつの時代にもあった,もしかすると人間の認識の本質のひとつなのかもしれません。
「君にそっくり」
 彼が,金持ちの放蕩息子と偶然出会ったことから…
 エリン版『太陽がいっぱい』(あるいは『リプリー』)といったところでしょうか。核心となっているのが,英語だからこそ,という点にあるので,いまひとつピンと来ないところもありますが,結婚式のやり方の違いから(そこに現れた主人公の野心から),ラストへ展開していくストーリィ・テリングがいいですね。
「壁をへだてた目撃者」
 彼は,アパートの壁を通して,殺人事件を「聞いた」…
 ミステリを読み慣れた方であれば,主人公が知っているのは「音」だけ,という設定から,ふたつの可能性を思い浮かべるのではないかと思います。そして作者は,そのうちひとつの可能性を注意深く否定させるようにもっていきながら,ツイストを仕掛けているように思います。
「パーティーの夜」
 そのパーティの夜,俳優は舞台を降りると宣言するが…
 ロングランの舞台俳優が,毎日毎晩,何週間,何ヶ月と同じセリフ,同じ演技を続けるというのは,たしかに俳優独特の苦痛なのでしょうが,それは同時に「日常生活」のメタファともなりえます。それゆえに,この物語の結末もまた,ひとつのメタファとして読むこともできるでしょう。
「専用列車」
 妻の不倫相手を殺そうと,男は綿密な計画を練るが…
 世の中には,考えに考えた末に成し遂げたことが,別の人間によって,いともたやすく(小さな水たまりを飛び越えるように)されてしまうことがままあります。用意周到な殺人と,激情による殺人が,奇しくも同じ「方法」を取ったことに,本編の皮肉さがあるのでしょう。
「決断の時」
 アンソロジィ『魔術ミステリ傑作選』収録。感想文はそちらに。

05/08/07読了

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