エラリー・クイーン編『世界傑作推理12選&ONE』光文社文庫 1986年

 ご存じ,クイーン御大によるアンソロジィ。古典的ながら,ヴァラエティに富んだ作品をそろえています。そしてそれは,多様化した現代ミステリの「核」が,すでに半世紀以上前から胚胎されていたことを示しています。

エドナ・セント・ヴィンセント・ミレー「「魚捕り猫」亭の殺人」
 かたむきかけた料理店「魚捕り猫」亭の主人は,女房にも逃げられ…
 「奇妙な味」と呼ぶべきなのでしょうか(なにしろ作者が詩人ですから(笑))。タイトル通りに,「殺人」は本当にあったのか,それとも孤独に苛まれた男の心が産み出した妄想なのか? そんな区別がつかなくなるような,じっとりとした前半の描写がグッドです。
リチャード・コンル「世にも危険なゲーム」
 誤ってヨットから落ちた男は,“難破島”に泳ぎ着くが…
 舞台が大都会であったり,使う「道具」がトラックであったり,はたまた相手が異星人であったり,と,さまざまなヴァリエーションを産み出している「マン・ハント・サスペンス」の「コア」のような作品です。それにしても狩猟民族ってのは…^^;;
アガサ・クリスティ「うぐいす荘」
 幸せのはずの新婚生活を覆い始めた「影」の正体は…
 ちょっとしたことからふくらむ疑念,追い打ちをかけるように見つかる“証拠”,そして主人公はいかにして危機を脱するか…今の目からすると,もうひとひねりほしいところもありますが,サスペンスの「お手本」のような作品です。ラストを導き出す伏線も巧いです。
トマス・バーク「オッタモール氏の手」
 ロンドンを恐怖の底に陥れた,動機なき“連続絞殺魔”とは…
 1931年初出の本編は,平凡な一市民という仮面をかぶった快楽殺人者という犯人を造形したという点で,現代作品に通じる先駆的なものと言えましょう。そこになおかつミステリ的な仕掛けを施しているところもいいですね。また少々大仰な文体が,「結末」で上手に活かされています。
ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」
 老嬢は,ひとりの青年に同情心を寄せたことから…
 「悪」は,けっして「悪の仮面」をかぶってはいません。本編に描かれるように,優美で美しく,少しだけ滑稽な道化師の「銀の仮面」をかぶっているのでしょう。大都会の孤独な老嬢という設定を巧みに利用しながら,生活が,じわりじわりと浸食されていく恐怖を活写しています。
ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」
 新たに雇ったコックは,世間を騒がしている毒殺魔なのか…
 上記「うぐいす荘」もそうですが,「疑惑」あるいは「疑問」というのは,ミステリにとって必要不可欠な要素と言えましょう。タイトル通り,主人公のコックに対する「疑惑」をメインに据えながらのストーリィ・テリングの妙が味わえます。
ベン・ヘクト「情熱なき犯罪」
 別れ話の最中,愛人を殴り殺してしまった弁護士は…
 こういったパターンの作品の場合,犯人がいろいろと施した隠蔽工作が,いかに破綻するか,がストーリィの眼目になります。いわゆる「策士,策におぼれる」的な展開が,もっともオーソドクスですが,本編では,それがじつに徹底していて,さらに皮肉な結末へと導いている点が,魅力と言えましょう。
ウィルバー・D・スティール「人殺しの青」
 長兄が買ってきた馬は,“人殺しの青”と呼ばれていた…
 アメリカ特有の,ある種の粗暴さ,荒々しさを切り取った作品です。ミステリ的トリックを交えながら,1頭の馬の購入を契機として生じる,3人の男と1人の女の間で渦巻く野心と欲望を,鮮やかに浮かび上がらせています。
スタンリー・エリン「特別料理」
 一握りの常連客しか知らない料理店“スビロの店”で出される“スペシャル”とは…
 すべては偶然かもしれません。“スペシャル”の出る晩に限って,常連客のひとりが姿を見せないのも,秘密裡の出張前夜に,長年望んでいた厨房を見るチャンスを与えられたのも…それでも,「しかし」と思ってしまうよう読者の想像力を導くストーリィ・テリングこそ,この作品の凄さなのでしょう。
シャーロット・アームストロング「敵」
 この作者の短編集『あなたならどうしますか?』収録作品。感想文はそちらに。
ジョー・ゴアズ「ダールアイラブユ」
 ペンタゴンで働くチャールズに届いたテレックスには…
 これもまたミステリのひとつの可能性。そのことは歴史が証明しています(たとえばロバート・J・ソウヤー)。それを1960年代と70年代に認識した作者と編者の慧眼を誉めたたえたい…などと書いたら,SFファンから怒られるかなぁ…(笑)
ロバート・ブロック「ごらん,あの走りっぷりを」
 アル中の“おれ”は,治療のために手記をつづるが…
 精神分析的なところは,個人的になじめないものの,その過去の記憶が伏線となって,ラストに至る展開は,「壊れていく自己」の文章とともに,不気味ですね。
エラリー・クイーン「三人の未亡人」
 毒が混入できない状況下で,女は毒殺された…
 掌編と言ってもいいヴォリュームながら,「読者への挑戦状」付きの本格ミステリ。短いからこそ,シンプルなトリックが光るのでしょうね。

03/11/02読了

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