オットー・ペンズラー編『魔術ミステリ傑作選』創元推理文庫 1979年

 「MAGIC」は,日本語に訳すと「奇術」「魔術」の2種類に分けられます。「奇術」は,たとえどんなに奇天烈なパフォーマンスであっても,そこには必ず「種」があります。あくまで「理」のうちにあります。それに対して「魔術」は,超自然的な力を用いた「理外」の行為です。本アンソロジィは,そのふたつの意味での「MAGIC」をモチーフとした13編を収録しています(ちなみに原題は“WHODUNIT? HOUDINI?”。高名なマジシャンハリー・フーディニ(Harry Houdini)の名前と掛け合わせたタイトルになっています)。気に入った作品についてコメントします。

クレイトン・ロースン「この世の外から」
 密室で見つかったのは,男の刺殺死体と,殴られて気を失った女だった…
 魔術と超能力とを絡み合わせた怪奇趣味,密室殺人,名探偵による推理,と,発表こそ1946年で,本格推理小説の黄金時代よりもやや下るとはいえ,まさにその「正当な嫡子」といった作品です。実効性に少々危ういところもないわけではありませんが,フーディニの「体験」を巧みな比喩に用いたトリックが楽しめます。
カーター・ディクスン「新透明人間」
 『不可能犯罪捜査課』所収作品で,既読です。
ラファエル・サバチニ「時の主」
 枢機卿の信頼と崇拝を得たカリオストロ伯爵。枢機卿の甥は伯爵の化けの皮をはがそうとするが…
 伝説の魔術師というか,ペテン師というか,カリオストロ伯爵は,やはりミステリやホラー,ときにSF作家さんの好奇心をくすぐるものがあるようですね。本編で描かれる伯爵の「魔術(詐術?)」は,言ってしまえば催眠術なのですが,その威風堂々たる物腰や,ド・ゲメネに対する悪魔的な罠などなど,クライム・ノベルとして楽しめる作品に仕上がっています。
マニュエル・ペイロウ「ジュリエットと魔術師」
 マジックの舞台で,魔術師の助手が刺殺された…
 作者はアルゼンチン出身で,スペイン語で書かれたミステリとのこと。ホルヘ・ルイス・ボルヘス以外,南米の作家さんを読むのははじめてではないかな?(ノーベル賞作家ガルシア=マルケスも読んだことがない^^;;) マジックのトリックと「衆人環視下の殺人」を巧みに結びつけています。地味ながら,すっきりとした作品です。
マクスウェル・グラント「気違い魔術師」
 謎のマジック狂から呼び出されたマジシャン,ノーギルを待ち受けていたものは…
 マッド・サイエンティストならぬマッド・マジシャン,奸計によって窮地に陥る主人公,美女に迫る魔手…と,まさに絵に描いたようなB級サスペンスです。主人公の脱出方法は,ややご都合主義とは言え,伏線の引かれた楽しいものです。また紙一重で美女を救うところも映像感たっぷりでいいですね。
ベン・ヘクト「影」
 魔術王ザラストロは,これから20年来の憎悪の相手を殺しに行くという…
 ザラストロによる「語り」で描かれる1編。本編の「マジック」は「魔術」なわけですが,そういった超自然的な「力」を用いながらも,アプローチの仕方が,設定を上手に活かしたミステリ的なものといえましょう。その「罠」の持ついやらしさ−無視しても暴露しても,どちらにしろ苦悩せざるを得ない主人公の気持ちが良く表わされています。ビターなラストも,全編に漂う陰鬱な雰囲気とマッチしています。
スタンリー・エリン「決断の時」
 隣のデーン・ハウスに,引退したマジシャンが引っ越してきたのが,すべてのはじまりだった…
 噛み合わない歯車が,それでも無理に動こうとして,一歩また一歩,カタストロフへと突き進んでいく…ミステリにおける常套的なパターンのひとつとは言え,その設定,展開,結末には,作者の力量が大きくものを言うことは間違いありません。時代遅れの貴族的な性格の主人公と引退した高名なマジシャンというキャラの設定,その性格をセリフのひとつひとつで表わす巧みさ,そこから導き出される会話の緊張感などなど,さすがエリンです。

02/08/09読了

go back to "Novel's Room"