結城信孝編『花迷宮』日文文庫 2000年

 女性ミステリ作家10人の作品を集めたアンソロジィです。この編者には,『誘惑』『妖美』という,同じく女性作家のミステリ・アンソロジィがあります。

小池真理子「花ざかりの家」
 『記憶の隠れ家』所収作品。既読です。
若竹七海「タッチアウト」
 病院で目を覚ました男は,自分を殴った女への復讐を誓う…
 男の側と女の側が交互に描かれながら,ストーリィは進行していきます。「おそらく,こういった仕掛けだろう」と予想させておいて,それをラストで,くるりとひっくり返すところは,この作者らしい作風と言えましょう。ただそのために,やや不自然な「歯切れの悪さ」を残してしまっているようにも思います。
新津きよみ「二人旅」
 「夫と別れてあげる。でもそれには条件があるの」…その言葉から,不可解な「二人旅」が始まる…
 正妻と愛人の二人旅という異様なシチュエーションで進むストーリィは,それなりに緊張感が漂っていておもしろいのですが,ラストの処理はやや陳腐ですね。
黒崎緑「舞い込んだ天使」
 里佳子がスーパーから戻ると,玄関先に捨て子が・・・置き手紙は夫の隠し子であると書かれてあったが…
 設定こそ特殊なものの,ありがちな三角関係のもつれによるサイコ・サスペンスかと思っていましたが,後半で,それまでの事件が組み替えられ,まったく別の「貌」が浮かび上がっているところは,小気味よいですね。探偵役のキャラクタ設定もグッド。
今邑彩「あの子はだあれ」
 『時鐘館の殺人』所収作品,既読です。
森真沙子「還り雛」
 友人の精神科医が引っ越した新しいマンションに残されていた女雛人形。それがすべての始まりだった…
 古い因習と登場キャラの心理が響き合うという,民俗学ネタはけっこう好きなので,内容的には楽しめたのですが,どうもこの人の文体とはいまひとつ馴染めないようです。途中,これほど三人称描写を挿入するなら,なんで「わたし」という一人称視点をわざわざ設定したのか,理解に苦しみます。「わたし」を設定することが,ストーリィに深く関わるならばよいのですが,そういった風もないですし,最初から三人称で書いた方が,統一がとれてよかったのではないでしょうか? 「わたし」の性別も最初わかりにくかった・・・
乃南アサ「二人の思い出」
 家庭的な女と享楽的な女。二股をかけた男を待っていた皮肉な結末とは…
 作中に出てくる描写のひとつが,ラストで効いてくるのだろうな,ということは予想がつきますが,こういった使い方は,なんとも「えぐい」ですね。男のキャラクタを「サイテー」に描いていますので,同情心はわきませんが(笑)。小道具の使い方が巧いです。
海月ルイ「炎椿」
 寺の石段を登りつめると,姉夫婦と息子が,千明を待っていた…
 本アンソロジィ中,唯一の書き下ろし作品。初読の作家さんです。心理描写を排した,ハードボイルド小説を思わせる淡々とした文体であるがゆえに,ラストで立ち現れてくる「欲望」と「狂気」,そして「幻想」が,よりインパクトの深いものになっています。
恩田陸「曜変天目の夜」
 美術館で見た曜変天目の碗。それは彼に10年前の友人の死を思い出させ…
 曜変天目――漆黒の地肌に浮かび上がる青みを帯びた星々…この国宝の茶碗は,単純に「好き」と言うには,あまりに妖艶であり,また作中の言葉を借りれば「悪魔的」と言えるかもしれません。こう,碗の見込みに広がる星々の海に,「つい」と引き込まれそうな・・・その「星」よりもむしろ,それを取り巻く漆黒の「闇」のイメージを用いながら,幻想的なミステリに仕上げています。赤江瀑を連想させる作品です。
篠田節子「家鳴り」
 飼い犬の死をきっかけに過食症になった妻。夫はただひたすら彼女に料理を与え続け…
 人里離れた家で,黙々と料理を食べ続ける妻と作り続ける夫――「不毛」と「愛」と「幸福」との奇妙な関係を描いた作品です。「食事」という日常的な光景が,しだいしだいに異形なものへと変貌していく様が,淡々と,しかしそれでいて濃密とも言えるような迫力をもって描き出されていきます。本集中,一番お気に入りの作品です。

00/08/03読了

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