小池真理子『記憶の隠れ家』講談社文庫 1998年

 “家”をテーマにした,6編よりなる連作短編集です。タイトルにもあるように,ここでの“家”は単なる建物という意味ではなく,“過去”と“記憶”に深く結びついた“家”です。同じようなモチーフを用いながら,それぞれに異なったテイストを持たせるところに,この作者のなみなみならぬ筆力を改めて感じました。

「刺繍の家」
 25年ぶりに再会した中学時代の女友達。久しぶりに訪れる彼女の家は刺繍にあふれており…
 物語の進行とともに,少しずつ少しずつ登場人物の心の“軋み”が描き出され,ラストで明かされるおぞましい“真相”。理由も,背景も,原因も明らかにされぬまま描かれる狂気に,なんともいえぬ不気味さが漂っています。
「獣の家」
 妹の結婚式の日,昌彦は妹と過ごした奇妙なの日々を思い出し…
 本作品集所収の短編は,過去の記憶と現在とが交互に描かれながら,サスペンスを盛り上げるという手法を多く採用しています。そしてエンディングで,両者が交錯することによって,“現在”に亀裂が入り,恐怖が立ち上がってきます。この作品の場合,ラストがちょっとバタバタしているところもありますが,最後の一文に底知れぬ恐怖が凝縮されています。タイトルもいいですね。
「封印の家」
 継母の死後,遺品を整理しているうちに,自分の記憶に間違いがあることに気づいた“私”は…
 タイトル通り“封印された記憶もの”です。オーソドックスなオチかな,と思ったところで,もうひとひねり。恐ろしく,もの悲しくはありますが,感動的なラストです。
「花ざかりの家」
 15年前,妻の自殺のきっかけとなった男と再会した手塚。彼はその家に招かれるが…
 わたしが生理的に苦手なものに,ナメクジがあります。そんなナメクジに触ったときのようなおぞましさを感じました。庭に咲き乱れる花々が,その家に潜む狂気と淫靡な地獄絵を象徴しているように思えます。「倉越幹夫」の人物造形が卓抜です。
「緋色の家」
 28年ぶりに中学時代の教え子に偶然再会した“私”。忘れたくとも忘れられないあの事件が…
 ラストがショッキングです。正直な話,こういう結末は予想できませんでした。しかし改めて読み返すとしっかり伏線が引かれています。うぅむ,やっぱり巧い。
「野ざらしの家」
 事故死した夫が残したのは,「別荘を残せ」という言葉とふたつの鍵。“私”は夫に恐ろしい疑惑を抱き…
 けっして“驚愕のラスト”というわけではありませんが,登場人物たちの暗いエピソードを重ね合わせることで,もの狂おしくも哀しい“愛”の姿を描き出しています。味わい深い作品です。この作品集で一番楽しめました。

98/01/21読了

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