結城信孝編『誘惑』徳間文庫 1998年
「女流ミステリー傑作選」と銘打たれた本アンソロジィには,戸川昌子,夏樹静子,皆川博子といった「大御所」や,こういったアンソロジィではすでに「常連」となっている黒崎緑,小池真理子,高村薫,宮部みゆきなどとともに,むしろ「純文学畑」ともいえそうな倉橋由美子,河野多恵子,曾野綾子,原田康子,森茉莉などの作品もおさめられています。さらに新井素子までも入っており,なかなか異色なライン・アップとなっています。
ところで,こういった女性ミステリ作家のアンソロジィというのはけっこう見かけますが,『ウーマンズ・ケース』みたいな,女性編者による女性ミステリのアンソロジィというのは,日本にもあるのでしょうか?
気に入った作品についてコメントします。
新井素子「週に一度のお食事を」
中途半端に混んだ電車の中,中年の男に首筋を咬まれた“あたし”は吸血鬼に…
この作者の初期短編。「吸血鬼になる」という,どちらかというと「悲劇」として描かれるシチュエーションを,ひたすらあっけらかんと受け入れてしまうところが楽しいですね。でもラストはちょっとブラックです。
倉橋由美子「鬼女の面」
“私”の家に伝わる「鬼女の面」。それを婚約者の顔にかぶせたところ…
「仮面をかぶる」という行為がもつ,どこか淫靡で秘技めいた性格と,「かぶると二度とはずれない」というオーソドックスな「仮面怪談」とを巧くミックスして,エロチックでグロテスクな物語に仕立て上げています。
黒崎緑「熱風」
『こわい話をしてあげる』所収の一編。すごい作品です。感想はこちら。
高村薫「アルコホリック・ホテル」
アル中で,組を破門された男に殺しの依頼が来た。ターゲットの隣に引っ越し,つけ狙うのだが…
どん底に落ちた男の姿を描くハードボイルド・タッチの,シンプルなお話かと思っていたのですが,途中からツイスト,ツイストの連続で,あれあれ,と思っているうちに,伏線の効いた巧みなエンディング。骨太でいながら,配慮の行き届いた展開はさすがです。この作品集で一番楽しめました。
戸川昌子「怨煙嚥下」
夫の様子がおかしいと妻は思い,夫は妻が自分を陥れようとしていると疑心暗鬼にかられ…
この作者の作品は,その昔,「インモラル・ミステリ」などと呼ばれておりましたが,この作品もエロチックな描写に溢れています。妻の手記と,夫のモノローグが交互に描かれ,一見片方の言い分が正しいように見えて,最後の最後でツイストが待っています。
夏樹静子「陰膳」
隣人の仲むつまじい老夫婦。彼らの食卓には行方不明になった子どもの陰膳が置かれ…
「静かなる狂気」とでもいいましょうか,虫も殺さないような老夫婦の恐るべき過去が,主人公の調査でしだいしだに明らかにされていくところが,なんとも不気味です。
原田康子「空巣専門」
空き巣に入った家で“おれ”は,殺人現場に遭遇してしまい…
ミステリとしては,伏線もなにもあったもんじゃない,という感じではありますが(笑),主人公の“おれ”のとぼけた語り口が楽しいです。
皆川博子「漕げよマイケル」
自殺と見せかけて級友を殺した少年は,しだいに追いつめられていき…
どこかで読んだことがあるな,と思って初出を見たら,『トマト・ゲーム』(講談社文庫),わたしがはじめて読んだ皆川作品でした。歪んだ,そして狂気に浸された初年の心を,ホモセクシュアルな雰囲気を織り交ぜて淡々と描きながら,それでいてピリピリとした息詰まるような緊張感にあふれる作品です。
宮部みゆき「我らが隣人の犯罪」
夜でもかまわず鳴き続ける,隣人の飼っているスピッツ。“ぼく”たちは「自力救済」を決意する…
軽快な語り口,二転三転するストーリィ展開,そして意外でハートウォームな結末。この作者のストーリィ作りの巧みさは,このデビュウ作以来なんですね。
99/01/22読了
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