今邑彩『時鐘(とけい)館の殺人』中公文庫 1998年

 6編よりなる短編集です。
 今邑作品の魅力のひとつは,いったん「落ちた」と思ったラストが,さらに二重三重にツイストするところにあるのではないかと思います。この作品集でも,そんな「結末の妙」が楽しめる作品がいくつかおさめられています。

「生ける屍の殺人」
 密室状態の中にふたつの死体。しかし加害者は被害者よりも前に死んでいた。そして被害者のダイイング・メッセージは「イケルシカバネ」…
 読んでいる途中は,少々アナクロめいた設定と密室殺人という感じで,いまいち楽しめなかったのですが,それがラスト直前でひとひねり,思わずニヤリとさせられました。最後の最後はちょっといただけませんが。
 初出が不明なので,なんともいえませんが,山口雅也の『生ける屍の死』とどっちが早いのでしょう・・・?
「黒白の反転」
 往年の美人女優・峰夏子の家を訪れた某大学の邦画研究会の面々。その晩,女子学生が殺され…
 この作品も,有栖川有栖みたいな,オーソドックスなフーダニットの本格ミステリと思っていたのですが(有栖川ファン,ご容赦),ラストで二転三転,意外な真相が明らかにされます。とくに峰夏子引退の謎は,じわりとくる怖さがありますね。主人公の心持ちは理解しかねますが・・・。
「隣の殺人」
 中年主婦の敦子は,隣の住人・緒方夫妻の夫婦喧嘩を立ち聞きしてしまう。それ以来,緒方夫人の姿が見えず…
 サイコ・サスペンスなのでしょうが,残念ながら,途中でネタは見当つきました。あまり楽しめませんでしたね。
「あの子はだあれ」
 40歳過ぎの独身女性教師“わたし”は,過去に不注意から生徒を事故死させてしまう。それ以来,毎年1回,自宅の棗の木の下には少女の姿が現れ…
 本作品集唯一のSFタッチのファンタジィです。結末がやるせなく,せつないです。この作者の別の顔が楽しめる作品です。
「恋人よ」
 恋人を故郷に置いてきた浪人生の留守番電話に録音された間違い電話。しだいにエスカレートする不気味な内容に彼は…
 以前,わたしの留守番電話にも間違い電話が録音されていたことがあります。この作品のような不気味な内容ではありませんが,それを聞いたとき,不思議な気分になったものです。彼(録音されている声は男でした)は,明らかにわたしとは違う相手を想定して発言している,にもかかわらず,それを聞いているわたしは,彼とはなんの関係もない。成り立っているようで,成り立っていない,そんな不安定で,不完全なコミュニケーションは,人をなんとも不安にさせるものです。
「時鐘(とけい)館の殺人」
 新人ミステリ作家・今邑彩に依頼された犯人当てクイズ。それは密室下の人間消失と殺人事件だったが…
 いやはや,トリッキィな作品です。「問題編」として書かれた「時鐘館の殺人」とその解決編,さらにそれをツイストさせ,ラストのラストでもうひとひねり。冒頭の雰囲気つくりと思っていたところが,しっかり伏線になっていて,「やられたぁ」と思いつつ,笑ってしまいました。本作品集で一番楽しめました。
 初出が不明なので,なんともいえませんが,綾辻行人の『時計館の殺人』と・・・(以下同文)。

98/03/29読了

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