M・H・グリーンバーグ編『新エドガー賞全集』ハヤカワ文庫 1992年

 1981年から88年までのMWA最優秀短編賞受賞作品8編を収録した短編集です。アンソロジィと呼ぶには少々ためらわれます。「企画モノ」といったところでしょうか。

ジャック・リッチー「エミリーがいない」
 妻のエミリーはサンフランシスコに行ったと“おれ”は主張するが…
 日本で言えば,「2時間サスペンスドラマ」でおなじみのシチュエーションを逆手に取った皮肉っぽい作品です。「妻が残した衣服」をめぐるツイストは巧いですね。それについての主人公のモノローグも効果的です。
フレデリック・フォーサイス「アイルランドに蛇はいない」
 現場監督から侮辱されたインド人留学生は復讐を誓う…
 植民地支配と差別,圧政,独立闘争,テロリズム…イギリス,インド,アイルランドを主要舞台とした本編は,一種の「寓話」と読むこともできます。そしてラスト,卵を産む毒蛇とは,とくにアイルランドをめぐる泥沼のごときテロリズム−ひとつの憎悪が,さらなる新たな憎悪を産み出していくテロリズムのメタファなのかもしれません。
ルース・レンデル「女ともだち」
 彼女の新しい“女ともだち”は,友人の夫だった…
 この作者の作品の持ち味は,不安定なシチュエーションがもたらすピリピリとした緊張感と,それが引き起こす容赦のないカタストロフにあるのでしょう。ただ本編は,それがストレートに出過ぎた観があります。この作者の短編集『女を脅した男』に収録されていますが,そのときは感想文をアップしていませんね(^^ゞ
ローレンス・ブロック「夜明けの光の中に」
 この作者の短編集『夜明けの光の中に』および『頭痛と悪夢』に収録。感想文は『頭痛と…』で書いています。
ジョン・ラッツ「稲妻に乗れ」
 アンソロジィ『死の飛行』所収。感想文はそちらに。
ロバート・サンプソン「ピントン郡の雨」
 奔放な妹の死の背後に隠された策謀とは…
 プロットそのものは,比較的シンプルなものですが,スピード感とスリルあふれるストーリィ展開で,サクサクと読めます。ラストで描かれる主人公の「悪徳ぶり」が,結末の悲惨さと相まって,苦みのある仕上がりになっています。
ハーラン・エリスン「ソフト・モンキー」
 殺人現場を目撃してしまったバッグ・レディのアニーは…
 殺人をためらわないギャングたちの攻撃と孤独で非力な老浮浪者の反撃,と書くと,とても痛快な作品のようにも思われるかもしれませんが(もちろんそういった側面もあるとはいえ),それ以上に,幻の子ども−ソフト・モンキーを守らんがために戦うアニーの姿は,やるせない哀しみにあふれています。本集中,一番楽しめました。
ビル・クレンショウ「映画館」
 映画館で発見された惨殺死体。その犯人は異常者なのか…
 群衆の中に紛れ込んでいる匿名の犯人と,それを追う刑事,という点で,警察ミステリのフォーマットを踏んでいますね(途中,精神分析に対するシニカルなコメントも同様(笑))。しかしその「群衆性」「匿名性」が,別の形でエンディングを迎えるところが,この作品の「ミソ」なのかもしれません。

04/05/05読了

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