ルース・レンデル『女を脅した男』光文社文庫 1998年

 先日読んだヘンリー・スレッサー『伯爵夫人の宝石』と同様,「英米短編ミステリー名人選集」の1冊です。独立した短編7編と,「ウェクスフォード警部シリーズ」の中編4編を収録しています。「悪意」「不安」「狂気」をねっとりと描き出した独立短編の方が切れ味が鋭いようで,それらは「(^o^)」なんですが・・・
 気に入った作品についてコメントします。

「女を脅した男」
 平凡で気の弱い“わたし”の趣味は,一人歩きをする女を脅すことだった…
 この作品集のいくつかの短編に共通するモチーフに「男性の不安」があるように思います。その「不安」は,ときとして,裏返しとしての「女性への攻撃」へ結びつくようです。この作品の主人公も,自分自身の無力感を解消するために,本人曰く「あくまで清潔」に女性を脅します。あまつさえ,女性の一人歩きの危険性を警告しているのだと言います。作者は,“わたし”の口を借りながら,その無神経な傲慢さ,それでいて隠しようもない小心さを描き出していきます。ラストの「わたしはなんだったのだろう?」というセリフは,そんな傲慢さと小心さを混ぜ合わせた主人公にとって,ふさわしいものと言えるかもしれません。
「父の日」
 マイケルはいつも不安だった。愛する子どもたちが自分の元から去っていくのではないかと…
 この作品でも,離婚によって子どもを失う「男性の不安」を題材に取り上げています。法律の話が出てくるので,もしかするとイギリスの世相を取り込んでいるのかもしれません。子どものいないわたしには,いまひとつピンと来ない内容ですが,ラストの思わせぶりな描き方は巧いですね。
「時計は苛む」
 工芸店で気に入った時計を万引きしてしまった老婆は…
 タイトル通り,じりじりと万引きの罪悪感に苛まれる老婆の心理が描かれていますが,そのキャラクタ設定が巧いです。主人公が偏狭なモラリスト的な性格のため,彼女の罪悪感が,ひときわ生々しく感じられます。また彼女が周囲の老人に対して辛辣であるがゆえに,ラストで彼女が陥る状況がより皮肉なものになっています。
「カーテンが降りて」
 誘拐された経験を持つリチャード。しかしその間の記憶は,カーテンが降りたように閉ざされていた…
 前半はちょっと退屈かな,といった感じでしたが,そこで描かれる強圧的な母親から抑圧された主人公の描写が,後半でのサスペンスを盛り上げるのに一役買っています。そして,ぎりぎりと締めつけられるような展開の果てに訪れる,どこかもの悲しい雰囲気もたたえた,「ほっ」と溜め息が出るエンディング。この作品集で一番楽しめました。
「藁をもつかむ」
 金持ちの老婆が卒中で死んだ。残された遺族に対して不穏な噂が流れ…
 ウェクスフォード警部の捜査の過程で,遺族に対する疑いはどんどん濃厚になっていくのに,決め手がどうしても得られない――そんな展開は,結末に対する期待感をいやがおうにも盛り上げます。そして二転三転するラスト,ちょっとあざとい描写もありますが,意外な真相が楽しめます。
「もとめられぬ女」
 義父を嫌って家を飛び出した少女は,ひとりの未亡人の家に身を寄せる…
 問題の本質を直視せず,その結果,身勝手な犯罪に走る“犯人”――なんとも悲しくてやりきれない結末ですが,少女のたくましさがわずかな救いになっています。ちょっと冗長な感じもしますが・・・^^;;

98/04/20読了

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