ローレンス・ブロック『夜明けの光の中に』ハヤカワ文庫 1994年

 20編を収録した短編集。気に入った作品についてコメントします。

「夜明けの光の中に」
 『頭痛と悪夢』所収作品。
「夢のクリーヴランド」
 毎晩,クリーヴランドまで往復500マイルを運転する悪夢に悩まされた男は…
 悪夢が,一種の「暗示治療」といった感じで解決するところも,苦笑させられますが,そこにもうひとつ,その「暗示治療」がもたらした思わぬ結末(?)も,思わず吹き出してしまいます。
「男がなさねばならぬこと」
 共存路線をとっていた二組のギャングは,ひとつの事件をきっかけに全面戦争をはじめ…
 この作者の作品には,どこか「イリーガルの魅力」があるように思います。そして,そのイリーガルさに共感と痛快感を与えるシチュエーション作りが巧いですね。また「犯人」を,気弱で穏やかな小市民に設定しているところも,その効果を高めています。
「名前はソルジャー」
 ケラーが,その街に着いて最初にしたことは,迷い犬を探すポスターの印刷だった…
 どうやら「殺し屋ケラー・シリーズ」の最初の作品のようです。センチメンタリズムを漂わせておいて,それを「ぐいっ」と引きはがすような展開が印象深いです。またラストの一文が,「殺し屋」としてのケラーのキャラクタを際だたせています。
「魂の治療法」
 前の夜に起きた刺殺事件。男はその犯人として自首するが…
 実際に,センセーショナルな事件が起きると,やっていもいないのに「自首」してくる人というのはいるらしいですね。そんな風潮を逆手にとった作品。多少展開が読めるところはありますが,自分を「犯人」と思いこむ主人公の心理に緊迫感があります。
「エイレングラフの選択」
 殺人犯であることがほぼ確定的な女から,弁護の依頼を受けたエイレングラフは…
 「悪徳弁護士エイレングラフ・シリーズ」の1編。このシリーズの魅力は,「描かれていない裏」が,読者の想像にゆだねられているところにあるのでしょう。エイレングラフと依頼者との,まるで狐と狸の化かし合いのような会話が「まっとう」であればあるほど,その背後の「闇」が浮かび上がる仕組みになっています。
「胡桃の木」
 暴力をふるう夫を,それでも“わたし”は愛し続け…
 この作品も,「描かれざる裏側」を想像させることで「怖さ」を醸し出していますが,それとともに,ドメスティック・ヴァイオレンスに悩む妻の立場に焦点を当てることによって,ある種の「哀しさ」をも表現しているように思います。
「死にたがっている男」
 橋の上に佇む男。警官は自殺のおそれがあると思って声をかけるが…
 後半の説明的なセリフがややくどいながら,前半と後半とのギャップが楽しめる作品です。
「思いでのかけら」
 故郷に帰るため,大学で運転手を募集した彼女は…
 運転する男の口ぶりが,じつにいやらしくていいですね(笑) その,やや大仰な感じのいやらしさが,男の語る内容が本当なのか,それとも彼女を怖がらせるための冗談なのか,を不分明にしており,ぎりぎりとした緊迫感を高めています。
「自由への一撃」
 アンソロジィ『自由への一撃』所収作品です。
「どんな気分?」
 その男は,馬に鞭をくれる男に深い憤りを覚え…
 ブラック・ユーモアあふれる作品です。最後の一文は苦笑させられました。健康ブームを皮肉った「健康のためなら死んでもいい」という言葉を借りて言えば,「動物愛護のためなら…」といったところでしょう。

02/08/21読了

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