井上雅彦『1001秒の恐怖映画』創元推理文庫 2005年

 「面白い映画が揃っていますよ。あなたの運命のような」(本書より)

 39編をおさめたショートショート集で,3部構成になっています。

「第1部 マインドシアター」
 収録された18話は,ホラー映画専門誌『日本版ファンゴリア』に掲載されたもので,いずれの作品も「そちら向け」のマニアックなアイテムが満載です。そのため巻末に詳細な「解題」が付されており,それがまた,この作者のホラー映画エッセイにもなっています。この作者のマニアぶりは,『異形コレクション』の「前口上」で言及される作品の数々や,「映画館」を舞台にしたホラー連作集『骸骨城』などでもうかがえますが,この「解題」の「濃さ」に,その「本領」が発揮されていると言えましょう。
 さてこれらの作品の楽しみ方には,少なくともふたつの「方法」があるかと思います。まずひとつは,言うまでもなく,純粋にショートショートとして楽しむ方法。わたしのお気に入りとしては,たとえば「第2話 怪物製造人」。ありがちなサイコ・スリラ的な素材をひとひねりした上で,スーパーナチュラルなエンディングへと持っていく展開がいいですね。また「第15話 ドッペリア」は,クローン人間というSF的なネタを,最後にクラシカルなモンスタに結びつけることで,意外なオチへ収束させている点が見事です。「第16話 悲鳴の女王」では,ホラー映画の常連「悲鳴の女王」が悪夢に出てくるというお話で,「悲鳴を上げられることの恐怖」という着眼点がユニークです。
 もうひとつの楽しみ方は,各編に見られる「作者の想い入れ」と共感する(ちょっとマニアックな)楽しみ方です。「第3話 悪夢街の男」は,作者が敬愛するロバート・ブロックのある好短編へのオマージュにあふれた作品です。また「第12話 43年ものの悪夢」は,テレビ・ドラマ『怪奇大作戦』を素材にしています。その第1話「壁ぬけ男」のもの悲しいエンディングを知るものとしては,作者のこの作品での幕の引き方には,しみじみしたものがわきあがります。『X−ファイル』の元ネタにした「第11話 捜査官X」は,最後の「一言」が苦笑させられます。

「第2部 異形の夢十夜」
 タイトルからもわかりますように,夏目漱石の有名な掌編集「夢十夜」のパスティーシュであるとともに,各「夜」が,ジョン・カーペンター監督のホラー作品へのパスティーシュにもなっているという,凝ったスタイルの作品です。作者自身「わかりにくい」と書いているように,カーペンターの「元ネタ」がわからないと,その「おもしろさ」が理解できず,ちょっとつらいです。しかし「解説」で明かされている「元ネタ」の映画を見ていたら,その映画のエッセンスを掌編に結晶化させていることに気づきます。ちなみにわたしが「わかった」のは,「第一・二・四・五・六・八夜」といったところです(6割が多いのか少ないのか(笑))。

「第3部 ハラァ博士の恐怖」
 オムニバス・ホラー映画「テラー博士の恐怖」の体裁を借りたショートショート集です(といっても,映画の方はわたしは未見ですが)。11編を収録。各編が,ホラー映画の「定番的ネタ」を扱っています。
 わたしのお気に入りは,まず「第4話 双生」。殺人現場で発見された手記,その意味ありげな内容…という展開の末に,「ほほう,そう来たか」とうならされる結末がいいです。ついで「第9話 浅茅ヶホテル」。ホラーファンを「にやり」とさせる冒頭,「そういう作品なのか?」と思わせておいて,それを逆手に取ったエンディングは,ホラーマニアでもあるこの作者の策略と言えましょう。それから「第2話 類人館」も,古典的怪奇小説の「定番」である「類人猿に対する近親憎悪的な恐怖」に,これまたある怪奇小説における古典的名品をミックスさせている点,ホラーファンをうれしくさせます。同様の趣向として「第8話 ルクンドローム」も,途中まで読み進んで,タイトルに苦笑させられます(じつのところ,あまり好みの素材ではないのですが…)。

 ラスト「特典映像 サイレント」は,「異形コレクション」『キネマ・キネマ』所収作品です(そちらでは感想文は書いていませんが(^^ゞ)。まぁ「病膏肓に入る」といったところでしょうか(笑)

05/07/31読了

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