井上雅彦監修『ラヴ・フリーク 異形コレクションI』廣済堂文庫 1997年

 「書き下ろし恋愛ホラーアンソロジー」という副題のつけられた,19編よりなる短編集です。多くのホラー作品で「恐怖」と「恋愛(エロス)」とはしばしばペアになって描かれます。「恐怖」というのは,肉体にとっての「痛み」と同様,人間の防衛本能みたいなものなのでしょう。「恐怖」を感じるものを避け,遠ざけ,危険を回避するわけです。だから「恐怖」は,「個としての人間」が生き延びるために根源的なものなのかもしれません。一方,「恋愛(エロス)」は,子孫を残すという意味で,「種としての人間」が生き延びていくために,やはり必要不可欠なものなのでしょう。そんな意味で「恐怖」と「恋愛(エロス)」は,人間にとって,ともに根源的な感情なのかもしれません。だからこそ両者は「双子の姉妹」と呼ばれるのだと思います・・・・(ああぁぁ〜〜社会生物学者みたいな感想だぁぁ〜〜)。気に入ったいくつかの作品にコメントします。

加門七海「女切り」
 鎌倉の古い友人を訪ねた“私”は,一振りの日本刀を見せられ…
 幻の女を振り返させるためだけに,みずからを傷つけていく主人公の姿は鬼気迫ります。耽美調の文章と素材は,赤江瀑を思い起こさせます。
森真沙子「ニューヨークの休日」
 出張先のニューヨーク。知り合いの日本人にミュージカルのチケットを無理して手配してもらったことから…
 一種の“隣に住む殺人者”といったところでしょうか。次第にエスカレートしていく“知り合い”の姿は,どこか他人事でない恐ろしさがあります。
倉阪鬼一郎「老年」
 平穏そうな老夫婦。しかし彼らは…
 短い作品ですが,淡々とした描写の向こう側に奥深い「時間」が感じられます。西行の有名な和歌の×××ヴァージョンなのでしょう。本書中で,一番楽しめました。
井上雅彦「赤とグリーンの夜」
 3歳のクリスマスの夜,“私”は,はじめてその人に会った。赤い服に真っ白な髪の毛,大きな袋を持って…
 “サンタクロース”というのは,考えてみれば不気味な存在です。ドアではなく煙突から入ってくるというのも,きわめつきに怪しいです。この作品は,そんな“サンタクロース”の胡散臭さを扱っているように思います。またハッピーエンドに思えたラストが,一転,おぞましいエンディングに変わるところはショッキングです。。
奥田哲也「スマイリング・ワイン」
 ある東欧の小国を訪ねた“わたし”,そこは吸血鬼伝説がいまも生きる場所だった…
 モンスタよりも人間の方がはるかに怖いというお話。愛する男との,生き別れよりも死に別れの方を選ぶ主人公の心理は,それ以上に怖いです。
久美沙織「REMISS[リミス]」
 魔女は,訪れてきた女に“リミス”という少女の話を語って聞かせ…
 恋する女の恐ろしさと哀しさを巧く描いているように思います。リリカルなグロテスクとでも言いましょうか。魔女の伝法な語り口もいいです。
岡崎弘明「太陽に恋する布団たち」
 その村で,年に1回開かれる“布団祭り”。その日,太陽に恋する布団たちは,人を乗せて,いっせいに空を飛ぶという…
 ホラーというよりファンタジィです。たしかに,天気のいい日に干された布団というのは,太陽という恋人の熱を受けて,まどろんでいるように思えます。エンディングがほのぼのしているので,読後感が爽やかです。
津原泰水「約束」
 遊園地の観覧車で,偶然乗り合わせたタカシとエリカ。ふたりは“約束”を取り交わし…
 ラストの2行がなんともいえず,いいです。せつなくて,そして暖かい物語です。

97/12/20読了

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