井上雅彦『骸骨城 スクリーンの異形』学研 1995年

 「骸骨城 戦慄の怪奇映画オールナイト オランタン・ランジュ作品特集」
 物語は,霧にけぶるハロウィンの夜,こんなポスタの貼ってある場末の映画館で怪奇映画がオールナイトで上映される,という設定で幕を開けます。「上映」される映画は全部で4本。

 まずは「解剖学者の城」。実物と見まごうばかりに精巧な蝋人形を制作する,フィレンツェの「物理自然史博物館」,そこを訪れたヘンリー・ヴァルトマンは,かつてそこに勤めていた奇怪な男ヴィクトリオ・フロンゾの話を聞く。その男こそが,ヴァルトマンが探し求めていた人物だった・・・というストーリィ。どこまで書いてしまうとネタばれになるか,ちょっと難しいところではありますが,ホラー史上,きわめて有名なモンスタを素材として,奇想に満ちた作品に仕上げています。とくに,そのモンスタの意外な“由来”が楽しめます。
 2番目の作品は「ライム・ライム」。意に反して親友を射殺したホリー・マーチンスは,しかし,その男が偽物だったと聞かされ・・・。これまたきわめて著名なサスペンス映画の後日談という体裁のヴァンパイアものです。クライマックスでの展開も,いかにもサスペンス映画的です。
 お次の「没薬香る海」の「役者」はミイラ男です。オーソドックスなミイラ男の襲撃の恐怖に,今風のアレンジを加えています。逃げ場のない船上での追跡劇という設定は緊迫感がありますし,途中に挿入される「叙述トリック」が楽しいです。ただ登場人物のひとりがレイモンド・ザンボラーなる名前なのは,ハードボイルド好きのわたしとしては,ちょっといただけません(笑)。
 そしてラストは「踊るデンキオニ」ゾンビです。ある街がゾンビに襲われる,ふたりの男はなんとか逃げ延びようとするが・・・という,まさにゾンビ映画のフォーマットを踏襲しながらも,そこにオリジナルな着想をインスパイアしています。なるほど,ゾンビものとは要するに「鬼ごっこ」だったわけです(笑)。

 とまぁ,こんな風に連作短編集的な体裁の作品ではありますが,それぞれの「上映」の合間に,「幕間」が挿入されます。映画を見る客たちの様子が描かれていくのですが,それは「この作品は単なる連作短編集ではないぞ」ということを匂わせます。
 で,最後の作品の「上映」が終わると,やはり「単なる連作短編集」ではないエンディングを迎えるのですが,「なるほど,そういうことかぁ」と感嘆してしまう展開を見せます。それだけでも十分に秀逸なラストなのですが,実はさらにもうひとひねり,思わず拍手を送りたくなるほどの見事な着地です。
 最後の最後は少々蛇足な感もありますが,作者のホラー映画に対する愛情(とパロディ精神)があふれる作品であるとともに,その「映画」という設定を巧みに生かしたお話づくりが存分に楽しめる作品だと思います。
 わたしとしては,この作者の作品では,今のところベストです。

98/05/19読了

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