浦沢直樹・手塚治虫『PLUTO』1巻 小学館 2004年

 「そんな所で歌ってないで,早く帰っといで。ノース2号………ピアノの練習の時間だよ」(本書より)

 人間とロボットが平和に共存する社会で,多くの敬愛を受けていたロボット・モンブランが,何者かによって“殺された”。さらにロボット擁護派の運動家が惨殺される。両者の共通点に気づいたドイツのロボット刑事ゲジヒトは,同一犯と考え,事件を追う。犯人はロボットなのか,それとも人間なのか…

 永井豪『デビルマン』へのオマージュ作品を集めたアンソロジィ『ネオ・デビルマン』石ノ森章太郎原作の『仮面ライダー』を,熱い思いで再結晶させた村枝賢一『仮面ライダーSPIRITS』,そして『鉄腕アトム』の中で,もっとも人気が高かったエピソード「地上最大のロボット」をベースにした本編……
 戦後60年,独自の発展を遂げ,みずからの「伝統」と「古典」を作り出してきた日本のマンガは,単なる「リメイク版」ではなく,「マンガを原作としたマンガ」が,本格的に描かれる時代へといたったのかもしれません。
 もちろん,今後は,原作とのミスマッチ,アンバランス,あるいは商業主義的な乱作など,懸念される面もないわけではありませんが,過去の偉大な才能と現在のすぐれた資質とのコラボレーションによる「新しい傑作」の出現も,期待されるところです。
 そんな期待を抱かせるのが本編と言えましょう。

 さて本編は,原作では脇役であったドイツのロボット刑事ゲジヒトを主人公としています。また原作では,ミステリ的趣向があるとはいえ,冒頭からプルートゥを登場させ,「ロボット対決」をメインにしているのに対し,“モンブラン殺害事件”を発端として,SFサスペンスとして展開していきます。
 とくに犯人によって壊されたロビーの記憶チップに残っていた謎の“人影”や,犯人がロボットだとするならば,ロボット法十三条を破って,なぜロボットが人間を殺したのか?という謎の提出,後者に絡んで登場する“人殺しロボット”ブラウ1589の不気味さなど,ミステリアスで魅力的な展開は,サスペンスの佳品『MONSTER』で培った,この作者ならではのものと言えましょう。

 そしてこの作者の作品のもうひとつの魅力は,脇役やそのエピソードを描き込むことによって,ストーリィに深みと奥行きを与えている点にあります。そのことは,『MONSTER』以前の原作つき作品『パイナップルARMY』『Masterキートン』においてもすでに見られることから,この作者の物語づくりのスタンスと言っていいのかもしれません。
 この作品でも,それが随所に見られますが(たとえばロビーの奥さんのエピソードなど),なんといっても,その本領が発揮されているのが,上中下編で構成された「ノース2号の巻」でしょう。自分を捨てた母親への怨みゆえに,かたくなに自分の中にこもる老作曲家と,戦場での暗い記憶を音楽で癒そうとするノース2号とのコミュニケーション−軋轢と対立,和解,別れ−を,丁寧に描き出しています(このノース2号の設定は,ロビーの妻が,夫の死にまつわる記憶のディレートを拒絶することにも通じる「ロボットの心」という,原作と共通するモチーフとなっているように思います)。またストーリィが求めるがゆえのノース2号の悲劇的な最後の描き方も,映画的な画面構成を得意とするこの作家さんならでは,美しくも哀しい,見事なシーンです(その場面に立ち会う老作曲家が「盲目」であることが,これまた心憎いまで活きています)。
 ところで,難病に冒された子どもの頃の作曲家を救った「もぐりの医者」って,当然,「あの人」でしょうね。こんな遊び心も,原作者に対する想いにあふれているように思います。

 「古い酒を新しい革袋に」という言葉がありますが,新生「手塚漫画」の今後の展開が楽しみです。

04/10/11

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