永井豪ほか『ネオデビルマン』全3巻 講談社 1999〜2000年

 作家はまた同時に読者でもあります。「送り手」であるとともに「受け手」であり,「消費者」であるとともに「制作者」でもあります。作家の中には,しばしば「読者」としての立場から,他の作家の作品について言及する方もおられます。それは同時代の作品の場合もあれば,自分がかつて読んだ作品に対する想いを語る場合もあります。
 本書では,複数の作家さんたちが,かつて「読者」として接した『デビルマン』という作品を,今度は「作家」として描いています。つまり「作家」であるとともに「読者」でもある作家の「二重性」を利用することで,本書は成り立っているのではないでしょうか?

 さて,本書はそんな「読者としての作家」の『デビルマン』に対するオマージュにあふれた作品集ではありますが,そのオマージュの表し方には,いろいろなタイプがあります。たとえば,本編に登場した脇役をメインにすえてサイド・ストーリィを作り出すタイプです。江川達也は,躰に奇怪な腫瘍のようなデーモンがとりついた少女を主人公にすえています。この作者お得意のエロチックな雰囲気にあふれた作品ですが,ページ数との折り合いがちと上手くいかなかったような印象を受けます^^;; また石川賢は,デーモンとデビルマンとのハルマゲドン・シーンで「ちらり」と登場する巨大デビルマンの由来を描いています。じつは,このキャラクタ(?),わたしも気になっていたので,「なるほど,こう解釈したか」といった感じで楽しめました。それにしてもこの作者,「何でも吸収する異能者」という設定がお好きなようです。高寺彰彦は,デビルマン誕生シーンの後日談的なストーリィから,これまたちょこっとだけ本編に出てきたキャラクタの誕生譚へとつなげています。
 また,本編で描かれたシチュエーションに,登場人物以外のキャラクタを新たに投げ込むことで,別の物語を織りなす作家さんもおられます。やはり,そのシチュエーションといえば,デーモンの無差別合体攻撃と,それによって引き起こされた「悪魔狩り(人間狩り)」という,本編で,一番グロテスクで,そして盛り上がるところが人気が高いようです。とり・みき「夢」は,小学校を舞台に殺伐としたストーリィを展開させていきますが,ラストで巧みに本編の設定に融合させています。また黒田硫黄「ゼノンの立つ日」は,東京を逃げ出し北海道へ向かう家族(?)の姿を,どこかとぼけたタッチで描き出しています。岩明均は,「人間狩り」というシチュエーションを思い切って換骨奪胎して,ひねったホラー作品に仕上げています。
 そのほか,独自のテイストを持った作品に,田島昭宇夢野一子「〜あなた〜」があります。田島作品は,本編前半のクライマクス・シーン,シレーヌとの戦いを,そのまま自分の絵でリライトしています。この作者独特のシャープで硬質,冷たい感じさえする描線で描かれるため,同じシーンでもかなり違った印象を受けますね。飛鳥了は,しっかり田島マンガのキャラクタといった感じです。夢野作品は,主人公である不動明に秘かに思いを寄せる少女という少女マンガ家らしい着眼点から,デビルマン的世界へと展開させていくところは,じつにユニークと言えましょう。絵的には本編とのギャップがちょっと辛いところもありますが,本作品集中ではお気に入りの一編です。

00/05/05読了

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